「アイヤー!」そして染み入る「八月の御所グラウンド」〜万城目学が描く京都
万城目学、もちろん名前は知っている。なにせ、今回を含め6回も直木賞候補になっているのだから、嫌でも目に入ってくる。ところが一冊も読んだことがない。「鴨川ホルモー」「プリンセス・トヨトミ」、タイトルが私を遠ざけていたように思う。
今回ついに直木賞を受賞し、そのことは素直に良かったと感じつつも、受賞作「八月の御所グラウンド」(文藝春秋)を読もうとは思っていなかった。受賞前に読んだ河崎秋子の「ともぐい」とは対照的である。ところが、Amazon Audibleで次に聴く作品を探していたら、本作がラインアップに入ったので、これは何かの縁と聴き始めた。
何の予備知識もなく始まった「八月の御所グラウンド」は、驚きが続く小説だった。本作は、オードブルのような短編「十二月の都大路上下(カケ)ル」から始まる。京都の都大路を駆ける、女子高校駅伝の出場選手が描かれるのだが、いわゆる青春小説かと思いきや、「えっ、そうくるの」という展開で驚かされる。
そしてメインディッシュとなる表題作が次にくる。京都を舞台にした連作かと思うのだが、こちらは長く、スケールが大きくなる。そして、予想だにしない展開に、途中で止めることができなくなり、ラストまで一気に進んでしまう。
この作品には、中国人留学生のシャオさんという女性が登場するが、彼女が驚嘆のセリフ「アイヤー!」を発する。まさに、「八月の御所グラウンド」を聴いていた私は、しばしば「アイヤー!」と叫びたくなった。そしてその先にあるなにかが、私の中に染み入った。
ぜひ予備知識ゼロで本書を読むなり聴くなりしてほしい。
と終わっても愛想がないので、もう少し感想を書く。
私は大阪に住み市内の高校に通っていた。大学で東京に行った私だが、夏休みなどに実家に戻った時、高校時代の友人たちと京都によく遊びに行った。五山の送り火の一つ、“大“の字を見ながら、「もう夏休みも終わりやなぁ」と関西にとどまった友と語らった。それは、大学という四年間のモラトリアム期が否応なく過ぎていく証跡でもあった。
大晦日の八坂神社、をけら詣りの人々を眺めながら、信仰心のかけらもなく夜の京都を徘徊した年もあった。南座でのRCサクセション、渡辺貞夫の年越しライブ。飲み歩いた後の、「天下一品」ラーメン。当時はチェーン展開などしていない、京都に行かなければ食べられない“一品“だった。
「八月の御所グラウンド」に触れて、私の中の“京都“が蘇ってきた。この小説の主人公は“京都“のようにも思う。これはタイトルになっているから良いだろう。舞台が京都でなければ成立しない小説である。私の思い出が、京都とは切り離すことができないように。
直木賞受賞おめでとうございます。
私のところに届いた縁は、やはり受賞したことが結んだこと。そして、同じような読者が世に沢山いるだろう