見出し画像

阪神タイガースに流れる「虎の血」を探った労作〜村瀬秀信が書く“謎の老人監督“

私は大阪出身だが、阪神ファンではない。関西外の人からは、よく驚かれるのだが、父親が巨人ファンだったこともあって、巨人を応援していた。大阪の学校では巨人:阪神は五分五分くらいだったのではないか。大阪と言えども、必ずしも阪神一色ではないのだ。

江川の引退と共に、私の心は巨人からは離れ、今は特にファンとは言えない。一方で、阪神ファンの友人は、引き続き熱心に応援している。そんなこともあり、“虎キチ“の友人に敬意を表し、昨年の日本シリーズは阪神の優勝を願い、岡田監督のもと阪神は2度目の日本一となり、“アレ(A.R.E.)“は流行語大賞を受賞した。

今年の阪神は2位に終わり、クライマックス・シリーズ(CS)もDENAに敗れた。さらに、これからCSというタイミングで岡田監督の退任が発表された。私は、その背景について特に深掘りはしなかったのだが、「また、いつものやつか」という印象を持った。

野球シーズンも終了し、ラジオ「東京ポッド許可局」のバックナンバーを聴いていたところ、プチ鹿島が阪神に関する本を紹介していた。それが、村瀬秀信著「虎の血〜阪神タイガース、謎の老人監督」(集英社)である。

Wikipediaで、戦後の阪神の監督をながめると、“ミスタータイガース“藤村富美男、松木謙治郎、藤本定義といったビッグ・ネームの中に、1955年岸一郎(注:1955年5月19日まで指揮)という名前がある。この人が、謎の老人監督である。

本書の中で、3度阪神の監督に就任した吉田義男が、こう話している。<「そら、阪神の監督なんてけったいなもんですわ」>(「虎の血」より、以下同)、<「勝った時は天国でも、負けたら地獄ですよ」>と。そして、<「フロントと現場との一体感が希薄なのかな」>、それによって<「内紛やお家騒動が起こってしまうのでしょう」>。

吉田が3年目の時に監督に就任したのが、岸一郎である。プロ野球経験なし、早大・満鉄でピッチャーを経験した60歳。1954年11月、球団オーナーから、「監督は岸一郎に決めた」と告げられた田中義一専務は<言葉を失うしかなかった。“誰やねん“>。

阪神のオーナーは、阪神電鉄社長から1952年にオーナーとなり、以後20年以上君臨し続ける野田誠三。“謎の老人監督“の起用の裏にいたのは野田である。著者は、スポーツニッポンの名物記者、内田雅也に取材している。内田曰く、<「電鉄本社が独断で監督を決めた最初のケースなんや」>。

素人の老人監督が、藤村富美男始めとする歴戦の虎戦士の中に放り込まれる。前任の松木は、藤村への監督禅譲を想定しており、おそらく周囲もそれを予想していただろう。そんな状況で、いかなる化学反応が起こるのか。。。

なぜ野田が岸を監督に起用したかを、著者は調査する。その結果は本書を読んでいただくとして、内田がこう言う。<野田誠三に手紙書いて採用されたんやろ?しかも岸が2カ月やそこらで追い出されたことで、その後の“選手王様気質“の原型ができた。タイガースの悪しき体質の始まりや………>。

岸一郎という人物を追いかけることにより、阪神はなぜ特別なのか、どうして“虎キチ“が産まれてくるのかが見えてくる気がする。そして、“虎の血“は脈々と受け継がれているのではないかとも。

阪神ファン、プロ野球ファンは必読の書である。

本書の“あとがき“は阪神の優勝に言及される。内田は<『阪急になって初めての優勝である』>と言う。2022年1月、矢野監督の今季限りを受け、後任は平田勝男という球団の方針だった。ところが、阪急電鉄の角会長の意向で岡田彰布が監督に決まり、さらに22年12月には阪急出身者の杉山氏がオーナーに就任した。

ご案内の通り、“阪急“ラインが推したとされる岡田監督は退任、さらに杉山氏もオーナーから退くという憶測が流れているようだ。後任は阪神電鉄会長の秦氏。やはり“虎の血“は流れ続いているのだろうか


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集