失意を超えて一気読みした「力道山未亡人」〜大正大学の図書館にて、村上春樹と共に
内容は書きたくないが、大失敗をやらかし失意の中、なぜか大正大学でランチを取った私は、同大学の図書館に向かった。
1階の一部が吹き抜けになった、良い雰囲気の図書館で、学生以外にも開放しているスペースがある。2階に上がると、開架式の書棚が並び、仏教系の大学だけあり、関連の書籍が目立つ。
ふと目に止まったのが「文学界」の8月号。表紙に、“トーク 村上春樹「音楽とデザインの幸福なコラボレーション」“と印刷されている。私は「文学界」を手に、窓際に並ぶ座席に腰を下ろした。
村上春樹は今年の2月に「デビッド・ストーン・マーティン(以下DST)の素晴らしい世界」(文藝春秋)という本を上梓、DSTがデザインしたジャズ・レコードを紹介した。カラー印刷の素敵な一冊で、私も楽しんでいる。
「文学界」掲載の“トーク“は、同書の刊行を記念して、早稲田大学村上記念ライブラリーで開催された、村上春樹x村井康治(ジャズ評論家)の対談を再録している。DSTデザインのレコードから曲をかけながらのトークで、かけた曲のプレイリスト(Spotify)まで掲載されていた。
これを一読した後、iPadを引っ張り出し、取り掛かったのが細田昌志著「力道山夫人」(小学館)。各所で話題になっており、ようやく読むことができた。
作家の細田昌志は、2021年「沢村忠を飛ばせた男」(新潮社)で、プロモーター野口修を描き、私も早速に読んで感銘を受けた。その彼が次に取り上げたのが、力道山の未亡人である。
力道山が赤坂の「ラテン・クォーター」で刺され、結果逝去したのが1963年12月。私は2歳なので知るよしもないが、その後のプロレス関連の書籍やテレビ番組で、力道山の功績とともにある程度は学んだ。
しかし、そのどこにも、力道山の未亡人の存在は現れなかったと思う。本書は、力道山と結婚、その突然の死によって人生が翻弄される一人の女性、田中敬子について活写している。
普通の家庭に生まれ、外交官を目指した彼女が、どんな運命のいたずらで力道山夫人となるのか。そして、そのことによって彼女の運命はどのように転がっていくのか。
私は自分の失態などすっかり忘れてしまい、本書に没頭した。とにかく面白い。プロレス界の内幕を覗くことができるが、プロレス・ファンではなくとも楽しめること間違いない。
その理由は、この田中敬子という83歳の今もご健在な女性の魅力・たくましさであり、それと共に背景に流れる時代の空気が生き生きと描かれる。前作同様に周到な取材に裏付けられた、作者の力である。
細田昌志さん、よくぞこの女性を取り上げてくれました。そのきっかけについても本書に記されているが、人と人との奇妙な縁、それも本書のテーマだろう
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