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直木賞などぶっ飛ばせ!〜遠田潤子の傑作「人でなしの櫻」
京都東山、真言宗の総本山智積院に2点の国宝がある。桃山時代の障壁画「櫻図」と「楓図」である。前者は長谷川久蔵、後者はその父、長谷川等伯が描いた。
江戸初期、狩野永納らによる<「本朝画史」には「櫻図」を評し、こうある。ー清雅 父にまさる>。「櫻図」は久蔵25歳の時の作品だが、翌年彼は急死する。<当時の画壇で権力を握っていた狩野一門に暗殺された説まである>。
結果、長谷川一門は後継者を失い途絶える。しかし、その<久蔵の残した櫻は今も咲き続けている>。
遠田潤子の最新作「人でなしの櫻」の主人公は、日本画の道に入り、「櫻図」に魅せられた竹井清秀。京都の料亭「たけ井」を率いる父と清秀の間には、深く暗い溝がある。
清秀は、<いつか「櫻図」のような傑作が描けると信じていた>が、すでに35歳、久蔵の25歳を超えている。そして病魔に犯され、<そのいつかは結局来ないまま死んでいこうとしている>。清秀は残すべき作品を追求するが、その人生は壮絶にならざるを得ない。
先日、遠田潤子の「ドライブインまほろば」を読んで、続けて彼女の作品を読みたくなった。それで取り上げたのが、この最新作である。「ドライブインまほろば」について書いた際、<タイトルは柔らかいが、書かれているのは、直視したくない現実である>と記した。いやいや、「人でなしの櫻」に比べれば、「まほろば」は十分に柔らかい作品である。
「人でなしの櫻」は、<吐き気がする>世界だが、見てしまったら逃れられない、とてつもない執念の闇である。遠田順子は、主人公清秀に憑依したかのように、筆を走らせる。
これまで私が読んだ遠田作品は、厳しい現実を見せるための、エンターテイメント性という仕掛けがあった。本作は、ケレンを廃し、シンプルな物語を紡ぐことにより、非現実的な世界をリアルに仕立てている。もちろん、冒頭から衝撃的なシーンが提示され、読むことを止められないのは、いつもの遠田ワールドである。
文学性も高く、まぎれもない傑作である。これで、(私一人がこだわっている)直木賞受賞だ! と思ったのだが、昨日、候補作が発表になり本作は漏れていた。
確かに、ベースとなる題材、その展開からは問題作とも言える。嫌悪感を抱く人もいるだろう。それ故に、小説でしか表現できない世界を創り上げたと、私は考える。
直木賞などぶっ飛ばせ!である。
なお、本作の冒頭から登場する、清涼剤のような存在、画廊主の浅田檀(まゆみ)を主人公とした、スピンオフ短編がネットに掲載されている。これを読んでから本編に進むのも良いかもしれない
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