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ティム・バートン監督『ダーク・シャドウ』

 主人公バーナバスの視点で観るか?

 それとも、彼と敵対する魔女アンジェリークの視点で観るか?

 それによって、受け取り方が大きく変わる映画だと思います。


 ※注意
 以下の文には、結末を明かす重大なネタバレを含みます。




 以下、バーナバス=彼、アンジェリーク=彼女、でお送りいたします。



 彼からすれば、彼女はまさに悪。

 彼女が実は魔女であるなどとは夢にも思わずに、ただの召使いだと思って彼女とムフフなお歓しみをしていた最中、彼女に「愛してると言って」と願われて、彼が「言えば嘘になる」とバカ正直に断ったばっかりに、みんなが不幸な運命を辿る羽目になってしまったのですから。

 彼女の呪いによって、彼の両親も、彼が心から愛した女性ジョゼットも、みんな殺されてしまいました。

 彼はジョゼットを追って身を投げたけれど…、彼女の呪いによって自殺を阻まれました。

 彼は呪いによってヴァンパイアに変えられてしまったため、崖から落ちたにも関わらず、不幸にも無傷だったのです。

 彼は不老不死の代償として、他人の血を啜らねばならない身体となりました。

 そして、彼女からそのことを知らされた村人たちの手によって棺に閉じこめられ、その棺ごと土中深く埋められてしまいました。

 それから200年ほどが経ち…。

 ある日偶然掘り出されてみれば、彼の一族はすっかり没落してしまっていました。

 その没落の原因を招いたのは、姿を自在に変えながらこの200年生き長らえてきた…彼女。

 彼は彼女の全く衰えぬ美貌と魅力的なムフフなお誘いにつられて、性懲りも無くまた関係を持ってしまうのですが、やがて気持ちを切り替えます。

 彼女は当然、彼に対して執着や所有欲を露わにします。

 けれど。

 彼は彼女を愛さない。

 彼は一族の再興をはかる中で、ジョゼットの生まれ変わりである女性ヴィクトリアと出逢い、ヴィクトリアとの愛を育みました。

 そのせいでまたしても彼女の嫉妬を買い、ヴィクトリアまでもが彼女に呪われることに…。

 死闘の末、彼は彼女を倒します。

 200年も不自然に生き続けてきた彼女の身体は、少しの刺激でもパリパリとひび割れてしまいました。

 その身体の中はなんと、ほぼ空洞。

 あったのは心臓だけ。

 彼女は彼に「受け取って」と心臓を差し出したけれど、彼は受け取らず。

 彼女は死にました。

 彼はヴィクトリアをあわやというところで失いかけるのですが、彼の咄嗟の行動によってそれは回避されました。

 それだけでなく、なんと、ヴィクトリアの身体にジョゼットの魂が宿りました!

 かくして彼とジョゼットは今度こそ結ばれるのでした。

 めでたしめでた…


 …し…なのでしょうか?

 彼女から見たら、この物語はどうなるでしょう?

 自分は召使い、彼はその主人。

 そういう身分差はあったけれど、それでも彼女は彼に恋をし、身体だけは繋がることが出来ました。

 けれど心だけは決して繋がることが出来ませんでした。

 自分とは違う女性を愛す彼。

 それを見て、彼女の中に殺意が生まれました。

 ジョゼットを呪い殺し、ジョゼットを追って死のうとした彼を呪い、決して死ねない身体にしました。

 自分をちっとも愛そうともしない彼を許せず、村人を煽動して彼を棺に閉じこめ、埋めてしまいました。

 彼女は彼の一族に復讐すべく、街の名士として200年近く君臨。

 魔女だということが誰にも悟られぬよう、うまく姿を変えながら。 

 …もしかしたら、彼女はいつか彼と再会する日のためにずっと待っていたのではないでしょうか?

 その間に、彼女の胸の内には、澱のようにさびしさが積もっていきました。

 己に課した不死の呪いのせいで、彼女はちょっとした刺激で皮膚がパリパリとひび割れるようになってしまっていたし、街の住人に愛想笑いを振りまいて人気を維持しなければならない生き方にも疲弊していたのです。

 そんな折、約200年ぶりに彼と再会!

 彼を誘惑してみたらアッサリと乗ってきて、身体を重ねてみたら懐かしくて、彼女は今度こそ彼を自分だけのものにしたいと願ったでしょう。

 けれど彼の心は、ジョゼットの生まれ変わりにあたるヴィクトリアのもの…。

 またしても自分とは違う女性に、しかも昔自分の呪いで殺した女の生まれ変わりに彼は虜になったのです。

 その嫉妬の凄まじいことといったら!

 彼女は彼と闘い、良いところまで追いつめたけれど、邪魔が入り、敗北しました。

 彼女は身体がひび割れていく中、自分の心臓を取り出して「受け取って」と彼に願うけれど…。

 彼は受け取ってくれませんでした。

 彼の心の中に彼女はいなかったから。

 そして彼女の心臓は粉々になりました。

 完全に。






 わたしはどうしても彼女を嫌いになれません。

 勿論、やったことは悪いこと。

 けれど、これは悲しい恋の物語。

 これほどじゃなくても、これに近いような、どこまでもさびしい苦しい辛い想いを経験したことがある女性って、世の中にたくさんいると思います。

 その絶望たるや、筆舌に尽くしがたいものがありますよね…。




 わたしは、一番怖いのは彼女ではなく、むしろジョゼットのような気がします。

 いくら生まれ変わりとはいえ、ヴィクトリアにはヴィクトリアの人生だってあったはず。

 なのに、ジョゼットは結果的にはヴィクトリアの身体を乗っ取ってしまった…ようにしか見えません…。

 そういう風に考えたりせずに、「前世で引き裂かれた恋人たちが結ばれた!」と素直に喜べばいいのだろうけど、わたしにはなんだかヴィクトリアは被害者のように思えます…。

 だって、ヴィクトリアにはヴィクトリアの自我がちゃんとあったのに…。

 その自我はどこへいってしまったのでしょう?

 ジョゼットと統合された?

 それとも消去された?

 …想像するだけでゾソッときます。

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