著…横光利一+いとうあつき『春は馬車に乗って』
肺を病み、もう助からない。
生きていたいのに。
やりたいことが沢山あるのに。
そんな女性と、葛藤しながらも彼女を看病し続ける夫の苦しみを描いた小説。
※注意
以下の文は、結末までは明かしませんが、ネタバレを含みます。
妻は、夫が別室で仕事を始めると責め立てます。
わたしのそばを離れたいのね、と。
夫は、働いてお金を得なければお前の薬も食べ物も買えないんだ、と説明するのですが、それでも妻は苛立ちます。
きっと淋しさ故なのでしょうが、妻のそうした態度は夫を戸惑わせます。
そして、妻は決まって、言ってはならない言葉をつい夫に言い放ってしまうのです。
…と。
言う側も、言われる側も、傷つく言葉なのに…。
お互い想い合っているのに、気持ちはすれ違ってばかり。
夫は床に臥している妻になんとか栄養をとってもらおうと、食欲を刺激しそうな食べ物をすすめるのですが…、妻にはちっとも食欲がありません。
妻は食べ物をもらうよりもむしろ、一日に一度聖書を読んで欲しいと夫に頼みます。
日に日に痩せ衰え、確実に死へと向かっていく妻。
「死とは何だ」と心を乱す夫。
…結末がどうなるのか気になる方は、是非読んで確かめてください。
挿絵の情緒的なタッチや色彩とあいまって、ラストの透き通るような静けさが美しいです。
…以下はわたしの勝手な解釈ですが。
わたしには、この小説に登場する妻はひょっとしたらわざとこんな憎まれ口を叩いていたのかもしれない…と思えてなりません。
ひどい女だった、大変な目にあわされた、あいつが死んでせいせいした、と夫が思ってくれるように。
夫が自分の死を引きずらず、すぐに新たな人生をスタート出来るように。
だから、わざわざ自分が夫に嫌われるように仕向けて、ナイフのような言葉を吐き続けていたのかも…。
自分はいつだってもう死んで良かったんだから、と…。
わたしにはそんな風に思えてならないのです。
…もし本当にそうだったとしたら、なんて不器用な、なんて哀しい愛情。
そんなの、愛する人の方はきっとちっとも望んでいないのに…。
〈こういう方におすすめ〉
死について考えたい方。
〈読書所要時間の目安〉
1時間前後。