DeepL翻訳ってどうよ?使用開始後1年時点での感想
「いまのところの、DeepL翻訳の限界」というタイトルの記事を投稿してから1年ほど経ったので、状況をアップデートします。
結論から申し上げますと、DeepLは翻訳者にとってまだ脅威ではありません。
訳抜けは顕在
過去記事で問題として指摘した「訳抜け」ですが、現在も発生しています。
傾向としては、分詞構文や、as、withなどでつながれた、数行にまたがるような長い一文で発生しているようです。たいてい、カンマのあとの後半部分がすっぽり抜け落ちています。
体感では訳抜けは1年前よりは減っているような気も、しないでもないです。とはいえ、いつ訳漏れが発生するか分からないので、全く油断はできず、文章単位での校正が必要になります。
二重否定をうまく訳せない
unlessの含まれる文章や、not uneven などのnot+否定接頭辞の組み合わせがうまく訳されないときがあります。 もっというと、二重否定なので肯定文であるはずが、完全な否定文で訳されたりもします。
「ときがある」と書いたのは、正確に訳すこともあるから。どういう状況で誤訳が発生するのかまでは特定できていませんが、長文ほど間違いやすい印象です。
細かい訳し分けはまだまだ
例えば、とある営業部員がABC社を訪問し、自社商品を紹介したことを報告するため、以下の1文を上司あてのEメールに記載したとしましょう。
今日はABC社を訪問し、商品紹介を行いました。
これをDeepL(無料版)で英訳してみると、以下のようになりました。
Today we visited ABC to introduce their products.
まずは主語。日本語では(誰がABC社を訪問したかは、当事者間で分かりきっていることから)主語が省略されているため、「誰が」の部分が明瞭ではありません。それを踏まえてか、英訳では一番当たりのさわりのなさそうな「we」が使われています。
でもこの営業部員は一人でABC社を訪問したので、本来なら「we」ではなく「I」が主語となるべきです。
また、「商品」の訳語が「their products」になっています。営業部員が紹介したのは自社が提供する商品のうちの1商品なので(これも、社内では前提条件が共有されているため日本語で「商品」といえば通じてしまう罠があります)、「one of our products」というように表すべきです。
そして、「商品紹介を行う」の動詞としてintroduceが使われています。間違いではないのですが、introduceの代わりにpromoteを使うこともできるわけです。どちらの動詞がより意図したニュアンスに近いかを考えて最終的な訳語を決定するのが翻訳のプロセスで、私ならより積極性の感じられる後者を選びます。
でも、DeepLに「紹介する」と入力したらまず最大公約数的な訳語として「introduce」という単語が出てきてしまうのは、ある意味当然なのです。
というのも、DeepLはこの営業部員の背景など一切知らずに訳文を作成しているから。
つまり、DeepLが100%悪いのかというと全くそうではなく、入力すべき和文の情報量が圧倒的に足りないのです。
もし正確に訳出して欲しいのであれば少なくとも、
今日、私はABC社を訪問し、当社商品の1つを紹介した。
ぐらいまで、「誰が」「誰に」「何を」「どうした」を明瞭に入力する必要があります。
DeepLでの日→英訳がうまくいかない人は、入力した和文の精度を疑ってみてください。英→和訳の場合も同様で、そもそも入力された英文が分かりにくい文章である可能性があります。
そういう意味では、前提条件を入力できるChatGPTでに翻訳してもらうほうが、精度の高い訳文が出るとは思います。ただ、セキュリティーの観点からChatGPTの使用が制限されている企業も、まだ多い気はします。皆さんの職場での使用状況はいかがでしょうか。
ファイルまるごと翻訳できる、けど…
DeepLには、PDF、PowerPoint、Wordなどのファイルをドラッグ&ドロップして、まるごと翻訳してくれる便利機能があります。(1度に翻訳できるファイルは1つのみです。)
ただ、私が試した限りだとほとんどの場合、元ファイルのレイアウトが崩れた状態で出力されます。図表が多い資料ほどその傾向が強いです。出力後のファイルを、手直しせずに使用できることはまずありません。(産業翻訳の場合、こういったレイアウトの手直しにも対応できる翻訳者は重宝されるかもしれません。)逆に、図表が少なくテキストが主体のWordやExcelファイルであれば、出力後のレイアウトの崩れが気にならないものも多いので、やはりテキストベースの資料のほうが相性が良いようです。
翻訳可能なファイル形式はこちらのリンクから確認できます。課金ステータスによって翻訳可否が異なるようです。
私のDeepL活用法
じゃあ結局、DeepLって使えるの、使えないの?と聞かれたら、
使い方を間違えなければ、便利なツールになる
と私は答えます。
私自身がどう使っているか、一部紹介しておきます。
英文資料の内容をざっくり把握
私は英語よりも日本語を読むスピードのほうが圧倒的に速いので、英語で書かれた新聞記事やレポートなどから情報収集する際は、ひとまずDeepLで和訳してから読んでいます。その和訳を読んで大意をつかみ、気になった箇所は再度原文で読みなおします。
自分で作成した英訳の答え合わせ
これも体感ですが、英→日よりも日→英の精度が高いので、うまく使えば英訳時にはそこそこ役に立つと思います。
例えば、以下の手順で英作文の練習をすることもあります。
自力で作成した英文をDeepLで和訳
1で訳出された和訳をDeepLで再度英訳
2で訳出された英訳を、1で自作した英文と比較し、どの程度乖離があるか確認する
スピード最優先の案件でMTPE
私の職場では、納期が短いため3人で翻訳を分担していたレポートがありましたが、DeepL導入後はこのレポートにかかる労力は1.5人(私がDeepLを使いながら翻訳・校正し、別の人がレビューする)程度で済むようになりました。これと類似のレポートが毎月数件は必ず発生するため、時間とコストは大分減ったはずです。
もちろん、前述のとおり訳漏れがあるので全文をDeepLに任せることはできませんが、自分でゼロから訳すよりも、まずDeepLに通してから編集する(いわゆるMTPE)ほうが速く仕上がる資料も、だんだんと増えてきているような気がします。
とはいえ、文芸など、ジャンルによってはこの方法が全く通用しない場合もありそうです。
脅威ではなく良き相棒として付き合う
職場での使用開始から1年経過してみてDeepLのクセもだいぶ見えてきました。精度にはまだ課題があるとはいえ、速度に限って言えば人間をはるかに超えています。この「精度」の部分を人間が補ってあげれば、分野によっては結構使えるツールなのではないかと個人的には思っています。
「DeepLは全然使えない」と毛嫌いするのではなく、人間がリードしてうまく働かせながら使うのが、今のところの最適な活用法なのではないでしょうか。機械翻訳が発達することで人間側の作業が物理的にラクになっている一方で、人手による細かいケアが必要になっている部分もあります。そういう状況を把握するためにも、(実際に機械翻訳を使ってみることを含め)人間側の知識のアップデートは常に必要であることに変わりはない気がしています。