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『ことばの歳時記』 – 日めくり文庫本【3月】

【3月4日】

 だが、あれほど春の到来を思わせる代表的な春の野の花が、どうして万葉集には歌われていないのだろう。スミレはまさしく歌われているが、タンポポは一首もない。では、昔は何と呼んでいたのだろう。倭名抄にはフジナ、またタナというとある。菜、つまり食用野草として認められていたわけで、東北で嫩葉(わかば)を食用とするときにかぎって、クジナと言っているのは、フジナに近い。千葉県でニガナというのは、味が苦いところから来ている。つまり、昔はタンポポの可憐な美しさを鑑賞する者など、いなかったし、それはもっぱら、食用になる菜であった。スミレの美しさが、赤人に一夜の野宿をさせたことに較べて、タンポポは食べられるばかりに、文芸の上では割の悪い役割にまわった。
 柳田國男翁がタンポポの名について、興味深い考証をしていられる。タンポポという名前が行われている区域は案外に狭く、今日のようにそれが標準語となったのは、あるいは京都の子供の力ではなかったか、という。フジナ、クジナ、ニガナのたぐいは、もちろん大人がつけた名だが、タンポポとか、マンゴマンゴとか、ピーピーバナとか、ガンモモとか、テテポポとかいった、ユーモラスな名前は、すべて子供の発明にかかるのである。

  蒲公英や風の手でもむ鼓草 重朝
  七草にあはでさかりや鼓草 何処

という古句があるが、ツヅミグサとも言うのは、形が似ているからである。そのツヅミグサを、村の悪童たちがタンポポと言ったのは、鼓の音を現したのだという。村の祭や三河万歳などの印象から来ていよう。これが子供のウイットなのである。
 野草に子供が名をつけるのは、多くは彼等の遊戯に用いられる場合である。今日のように、あらゆる玩具にめぐまれていない昔の子供たちは、自然のものを利用して、自分たちの遊びを創り出した。その遊び方を幾種類も柳田翁は挙げているが、もう私どもの子供時代には、そんなタンポポで遊んだ記憶はない。玩具が氾濫して、それだけ児童が自然から遠ざかることになってしまった。

「たんぽぽ」より

——山本健吉『ことばの歳時記』(角川文庫,2016年)47 – 49ページ


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