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『どうして僕はこんなところに』 – 日めくり文庫本【5月】

【5月13日】

お父さんの目はこんなに青かったのねえ

 母が白内障の手術を受けた。長い間、闇に閉じ込められたように感じていた母は、取り戻した色彩に感動した。
「お父さんの目はこんなに青かったのねえ」
 父の目ほど美しい目は見たことがない。自分の父だから言うのではない。父の目は、冷静で何ものにもひるまぬ船乗りの目だ。マルタ護衛艦に乗りこみ、海面に目を凝らして機雷を探した。敵艦を見逃すまいと水平線を見つめた。不誠実などという言葉の意味さえ知らぬ男の持つ目。こんな目の男には、卑劣なことも見かけ倒しのこともまるで縁はない。
 母の目は茶色でくりくりしており、南の血をうかがわせる。
 母マルガリータの入院中、父はなくしたと思っていた一枚の写真を見つけた。一九四〇年、父が海軍に入隊する前にホーヴで撮ったものだった。写真にうつる父の目は青く澄んでいる。青としか言いようのない青さのその目は、海軍士官用の帽子のエナメル革のまびさしのしたから、カメラを真正面に見据えている。母はその写真をベッドの脇に飾っていた。私は毎晩寝る前に写真にキスをした。父についての最初の記憶は、一九四三年五月十三日、私の三歳の誕生日にフランバラ岬にサイクリングに連れて行ってくれたときのものだった。アルチュール・ランボーは二本マストの帆船からこのヨークシャーの灰色をした岬を見て、散文詩『岬』を詠んだのではなかろうか。
 父は私のためにサドルの前に子供用の椅子を取りつけ、紫色の電気コードで足載せを作ってくれた。私は道にぺしゃんこになった茶色のものを見つけた。
「パパ、あれなあに?」
「さあ、何だろうね」
 父は私に死んだものなど見せたくなかった。
「ハリネズミみたいだね」
 父は自分の写真を捜して古写真の入った箱をかき回したのではなかった。捜していたのは、祖父のヨット、「エアリーマウス」の写真だった。バーミンガムで弁護士をしていた父の祖父は、一九二〇年代から三〇年代にかけてヨットを所有していたが、その船の美しさは今でも語り種(ぐさ)になっている。チーク材で作られたクリッパー型船首の二本マストのケッチで、一八九八年にコーンウォールのフォウイで建造され、いっとき一本マストのカッターとして艤装(ぎそう)されたいたこともあった。エアリーマウスとはコウモリのことだ。バウスプリットの根元には、翼をいっぱいに広げたコウモリの船首像がついていたが、父が受け継ぐ頃にはこのコウモリはなくなっていた。エアリーマウスの帆はカテキューの木の皮で染めた茶色で、真鍮の船鐘があり、船首から船尾まで金色の線が入っていた。

——ブルース・チャトウィン『どうして僕はこんなところに』(角川文庫,2012年)21 – 22ページ


母が父を見つめる視線、父が海を見つめる視線、ランボーが岬を見つめた視線と、次々と視点とその見つめる先が切りかわっていく「旅人」らしい描写ですね。
このあとのつづきには、ブルースが父を見つめるあたたかい視線が描かれています。

/三郎左

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