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『ことばの歳時記』 – 日めくり文庫本【2月】
【2月4日】
節分になり、立春をすぎると、待ちに待った春がとうとうやって来たという思いになるのだ。もちろん寒さは、まだ一月が、それ以上もつづく。北海道では、五月にならなければ、本当の春にはならないだろう。東京だって、雪が降るのはこれからだ。二・二六事件の日には、雪が降った。桜田門の三月三日(陰暦)にも、雪が降った。高村光太郎のなくなった昭和三十一年四月二日にも、雪が降った。だが、暦の上ではもう、なんと言っても春なのである。
大昔から日本人は、春が来るという気持ちを大事にした。もちろんこれは、日本人にかぎるまい。だが未だにその気持を失わず、日本人は節分の夜になると豆を撒くのだ。鬼を退散させるのだと言っている。だが、今でこそ鬼などと呼ばれてきらわれているが、昔は春になると、異郷から神が訪れてくると信じたのである。そして村々の生活が幸福であり、穀物のみのりが豊かであることを約束して、帰って行った。その約束の言葉が、冬を転じて春にするのである。
「春 その二」より
——山本健吉『ことばの歳時記』(角川文庫,2016年)13ページ