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会話と思いやりの相互作用について考えてみました。

最近。よく「思いやり・想うこと」について考えるんです。

自分って結構人の気持ちをなんか瞬時に分かっちゃうんですよね。

あ。今あの人嫌な気持ちだろうなあとか。
ちょっと意地張ってるんだろうなあ。とか。
こうやって動いて欲しいんだろうなあ。とか。

で。それに応えようと体が動きます。
自分の本音を隠して相手が言って欲しいようなことを伝えたりとか。

私の中でそれが思いやりとして成立してたような気がするんです。
言わなくてもわかる。とかいうやつ。
(奴ではなくて、それの意味として使ってます。笑)

私はこれが悪いということではなくて、ただただ疑問に感じはじめました。
今までの自分は否定したくないので。笑

本当の思いやりなのかな?って。

瞬時に感じるからこそ、瞬時に応えようとして
本当に相手を想っているのか、疑問になりました。


そこで最近は、会話のキャッチボールの中で、まずは相手のことを聞く。
その上で、応える。

これは代表的な思いやりの一つですよね。
思いやりとコミュニケーションの両立を考えてみました。

耐久性があまりない私には幾分修行ですが、試しています。


会話術の本とかって、大体話すというよりも、聞くことに重きを置いてますよね。
聞くっていう行為は、聞く側の気持ち・態度が溢れ出ていると思います。

十人十色の世界なので、あることに対して、
共感する人もいれば、疑問に思う人もいるわけですよね。
その気持ちが体全体に現れてくるから、
話す人も自分の気持ちを話し易くなるんじゃないですかね。

そう思うとそれだけで、思い合ってる様な気がしてきます。


わたしは返事が遅くなりそうで不安に思っていたのですが、
みんな優しいですよね。
待ってくれます。ちゃんと聞いてくれます。
(みんな本当に思いやりに溢れてるやん……泣)

信頼し切れてなかった自分が恥ずかしく感じました。

こうやって考えると、
コミュニケーションと思いやりって上手に相互作用してますね。
すごい。感動。

今までこんな風に考えてこなかったので、未来が明るく感じました。
(大袈裟?笑)

自分は相手のことを感じること力が強いから、
あとは相手のことを知った上で自分の気持ちを表すだけ。

ここまでで気づいてると思いますが、
コミュニケーションに苦手意識を感じているんです。笑

これから相手と心を開けるような気がして嬉しいです。
お互いの心が満たされるのは本当に嬉しいことです。

相手が想って言ってくれた言葉って、
たとえお説教でも嬉しいもんです。愛を感じるので。

何度も言いますが、
思いやりとコミュニケーションの相互作用ってすごい。
どこまででも登っていけそう←

話がまとまってない様な気がしてならないのですが、←
最近の私の思いやりと会話の考え方はこんな感じです。笑


相手を知って、応える。

なかなかコミュニケーションって難しいなあ。笑
だから楽しいのだ。


ではまた。

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