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ある、と、無い、と

おはようございます、今日はゆっくりと寝ました。なんかね、三連休だし、いいかなと。ひさしぶりにユングのことを書こうとしています。休日だし。で、ユングの特徴として、補償(Compensation)と、イメージというものを挙げたとおもうんですが、実はもうひとつあって、それは「プシコイド」はい、心を物質化して捉えるというかな、心と物質の中間というかね、そういったものとして捉える、まあ、これはユングというより、ブロイラーがそのもとだったかな。

で、まあ、フロイトとかだとね、心的現実って言って分けるわけです。ラカンだと想像界とかね、でも、ユングは「あるじゃん、そこにあるんだから、無いとはいえないじゃん」と言う。これって面白いですね、私はどっちもありかと思います。幻=無い、じゃなく、幻でもなんでも、心ともいえない体とも割り切れないものがある。河合先生はちょっと控えめに「たましい」と訳していますが、まあ、プシコイドです。で、この「ある」と「無い」ということの繰り返し、これがまあ「反復」な訳です。ある意味ひとは、生きながら死を、現れては消去するということの繰り返しを生きています。

だから、私の人間のコアは「空っぽ」というのも、いやあるじゃん、なんか感じているんだから、それはあるんだよ、って言ってもいい。まあ、どっちもありかとは思います。でも、私は空っぽのように思えるということですね。そして、ひとは「真空」というものを恐れるところがあるなあ、と。そうすると、こう、コアを見るっていうのは、本当は怖いことなんですよ、で、人の根源的な不安や恐怖はそこから出てくるってことを、私は繰り返し言ってきた訳ですが、まあ、補償とイメージとプシコイド(元型)、あとは、共時性。このあたりを押さえると、ユングはだいぶ把握しやすくなります。

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