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木古庭、葉山の奥へ|新MiUra風土記
この連載「新MiUra風土記」では、40年以上、世界各地と日本で20世紀の歴史的事件の場所を歩いてきた写真家の中川道夫さんが、日本近代化の玄関口・三浦半島をめぐります。第21回は、三浦半島の保養地・葉山の、”山側の葉山”を訪ねます。
三浦郡の葉山町はマリンスポーツの人気地で、御用邸や保養地文化の歴史もあり「湘南」のイメージを喚起する町だが、それらは海浜なのになぜ地名は葉山なのだろう?
その昔、隣の逗子市で過ごした筆者は浜風にあたるだけでも至福にひたれる。やはり海の力はすごいものだ。ただ思えば葉山でも海の側ばかりに居た気がする。
葉山町は相模湾に沿って南北4キロ、大半は山と丘陵で逆コの字形に山地が海に迫っている。山の端、そこで端山から葉山へという説がある(*1)。
(*1)『町制施行90周年記念・葉山町の歴史とくらし』(葉山町 編・発行)
葉山のもうひとつのおもしろさはその地名のように緑豊かな丘陵、山麓にあって、半島の遊歩を愉しむなかで仙元山(通称葉山アルプス)や森戸川の源流域もトレイルしてきた。
そしてこの初夏、葉山の木古庭へ歩いた。浄水の音がする古東海道を往くとそこは里山の葉山、棚田や竹林、滝行もできる瀑布に出会えるのだ。
JR逗子駅前から衣笠行の京急バスに乗った。ふつう鎌倉や逗子から衣笠(横須賀市)へ向かうならば横須賀線にそのまま乗ってゆくだろう。このバス路線で葉山の先までは行ったことはなかった。
バスは逗子から葉山方面の山回りルートで海から逃れるように横須賀葉山線・県道27号を東に向かう。東京湾の横須賀港めざして衣笠へと三浦半島を横断する。
一色住宅のバス停までは海の気配がするが、急坂を上った「滝の坂隧道」を抜けると車窓の景色は一変した。圧倒的な深緑の山並が左右に迫ってきてここは葉山か!?、とおどろき感動したものだ。水源地入口のバス停があり、そこには一色海岸の御用邸への給水の水源地施設があるという(大正2年[1913])。
上山口小学校でバスを下りる。めざすは県内唯一の棚田だ。棚田や千枚田といえば、千葉県鴨川市にある大山千枚田や石川県輪島市の白米千枚田を思い出す。
はじめは上山口の鎮守社の杉山神社に詣でる。棚田を背負った拝殿の深閑とした境内。ネコと一緒に落葉を集めていた男性は60数年前に東京から移住して、いまは町内会で神社や地域のお世話をしているという。ネコの名はしゅーちゃん、土地や聚落の様子を聞かせてもらった。海側の葉山と違ってここ上山口と木古庭は住宅開発の規制があって里山の自然は守られているらしい。
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まずは棚田の上段から俯瞰したい(上山口地区正吟)。
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老人がおしえてくれた、神社脇の栗林の坂道ではキジが地を散歩していた。この周辺は上皇后陛下が御用邸から見学に来られるので整備されたという。
ちょうど早苗の時期で野良姿の若いカップルが水田のなかで働いている。高齢化もあり棚田の文化を保全するボランティアの力も必要とされている。山並を背景にして千枚田にはおよばないが64枚の水田もそれは美しい(*2)。
(*2)『棚田NAVI』HPより
棚田のそばに椿の木が緑葉を反射させていた。「三浦乙女」という椿の原木、名付けたのは秩父宮妃殿下。海辺から離れるとはいえここも葉山、皇室とは縁がある。
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葉山町は海に接する堀内、一色、下山口と内陸・山側の上山口、木古葉、長柄の6つの地区でできている。
さて木古庭に進もう。棚田のある上山口から最奥の葉山へ。たどる路はあの古東海道だ(*3)。
(*3)『葉山のこみち』(葉山環境文化デザイン集団編 用美社)
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ごくせまい畑道を抜けると木古庭で、作付けの農夫婦に撮影の言葉をかけた。「畑地を借りていて衣笠から通っている。地主は文化文政の頃から居る」という。「これは鎌倉時代の落武者の墓らしい」と雑然と石を重ねた墓標を指した。
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追われ身の名なしの益荒男なのか? のどかな里山の風景のなかにとつぜん中世の荒々しい時が現れてここはやはり三浦半島なのだ、と思った。
古道の急坂で涌井戸に出会う。サワガニがいて、こんこんと湧く水音とウグイスの鳴く絶えないシンフォニーが奏でられて疲れを忘れた。
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ウバユリの咲く道端で草木染の花弁を袋づめしている老婦人がいた。
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「葉山の甘夏は美味しいよ」「葉山っていうから海だと思い、農業が嫌で福島から嫁いだけど、また農家だよ」と笑う。
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「木古庭の不動滝」は三浦半島に残る随一の自然滝だ。大沢の庚申塔(葉山町指定重要文化財)まで来ると滝の音が聞こえてくる。滝は高さ5メートルほどで意外に小さかったが、水量と勢いがすごい。
ここはパワースポットでもあるらしく、ファインダーに集中していると、背後から「こんちわ!」と声がした。高校生くらいの2人の男子が上半身をさらし自転車で乗り着けていた。
彼らは近所のグランドでサッカーの練習をし、帰路この滝に寄るという。そんな滝行もあったのか!と感心したら、するすると滝壺に入って瀑布に打たれ行者風に座している。あまり体格がいいので訊ねてみたら、1人はスペインリーグ某クラブの下部カテゴリーにいたという。名前を聞いたので楽しみだ。ここは勝利の霊力がありそうだから。
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滝の脇の不動堂にお参りした。ここはあの鎌倉殿の1人、畠山重忠の陣だったという。三浦一族の本拠衣笠城を攻め落とし、のちに頼朝軍として鎌倉幕府を作り武蔵武士の鑑とされた名将だ(*4)。この不動明王に戦勝祈願していて、勝利すると一夜のうちに清水が湧きでて滝になったという伝説が残る(*5)。
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帰路はその衣笠へバスで出よう。畠山重忠の三浦攻めの進軍路かもしれないから。
(*4)『畠山重忠』横浜市歴史博物館
(*5)前出(*1)に同じ。
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古東海道に沿い流れる下山川に降りた。夏の日暮れに、木古庭の名刹本圓寺の川岸でホタルが見られるという。その刻まで後山の坂を登った。
ここは頼朝と因縁深い、伊豆の豪族伊東祐親の子孫の地。木古庭地区の代々の名主から初代の葉山村長・町長を務めた伊東家。長屋門と見事な竹林が残っている(*6)。
(*6)前出(*1)に同じ。
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その夜ホタルは翔ばなかったが、木古庭の山里の深い闇が体験できた。ここはリゾートの葉山からは遠く、中世が残る葉山なのだ。
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文・写真=中川道夫
中川道夫(なかがわ・みちお)
1952年大阪市生れ、逗子市育ち。高校2年生の時、同市在住の写真家中平卓馬氏と出会う。1972年から同氏のアシスタント。東京綜合写真専門学校卒業。多木浩二、森山大道氏らの知遇をえてフリーに。1976年、都市、建築、美術を知見するため欧州・中東を旅する。以後、同テーマで世界各地と日本を紀行。展覧会のほか、写真集に『上海紀聞』(美術出版社)『アレクサンドリアの風』(文・池澤夏樹 岩波書店)『上海双世紀1979-2009』(岩波書店)『鋪地』(共著 INAX)。「東京人」、「ひととき」、「みすず」、「週刊東洋経済」等に写真やエッセイ、書評を発表。第1回写真の会賞受賞(木村伊兵衛写真賞ノミネート)。「世田谷美術館ワークショップ」「東京意匠学舎」シティウォーク講師も務める。
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