国立能楽堂開場40周年記念「能楽鑑賞教室 in 大手町」レポート
皆さんは、「能」または「狂言」をご覧になったことはあるでしょうか。
今年9月に開場40周年を迎える国立能楽堂(東京・千駄ヶ谷)では、様々な公演が開催されています。その内、6月に開催される「第40回能楽鑑賞教室」(6月20日[火]~24日[土])にご出演のシテ方金春流能楽師の山井綱雄さん、狂言方和泉流能楽師の奥津健太郎さんとご子息の奥津健一郎さんが、「はじめてでも楽しめる能と狂言の実演とおはなし」と題して、ランチタイムの大手町のオフィスワーカーを前に、能楽の魅力を伝える約25分のプログラムを熱演しました(1回目12時~、2回目12時30分~)。
「能」と「狂言」は同じ舞台の上で交互に演じられます。まずは、奥津健太郎さんによる「狂言」についてのおはなし。
「狂言」には、人物や動物、昆虫など実に様々なキャラクターが登場しますが、人物は、有名な歴史上の人物などではなく、庶民が主人公であることが殆どで、その生活や場面を笑いとともに描く会話劇が展開されます。
解説につづいて、シテを勤める奥津健太郎さんとアドを勤めるご子息の健一郎さんが紋付き袴姿で実演披露されたのが「盆山」。シテというのは主人公(男)で、アドは相手をする役(何某)を示します。
「これはこのあたりの者でござる」。
狂言は多くがこの台詞で始まります。いわば自己紹介の決まり文句で、このひと言で観客は「いま自分がいる(今回ならば、“この大手町”)あたりの出来事なんだな」と感じて、時間も空間も共有するのです。
「盆山」とは、室町時代に流行った、鉢などの器に石や砂などを用いて小さな山を作り景色として楽しんだものです。盆山を所有する何某(有徳人*とすることもある:アドの役)の邸宅に、男(このあたりの者:シテ)が忍び込んで盆山を持ち出そうとします。しかし物音を聞きつけた何某に「盗人が忍び込んだか」、と見つかってしまい、犬・猿の鳴き声を真似て取り繕い、果ては鯛の真似までしてごまかそうとします。
庭の垣根を壊す擬音、不自然な犬・猿の鳴き声。何某が「あれは犬じゃ」「あれは猿じゃ」と懲らしめるために真似をさせた挙句、「あれは鯛じゃ。鯛なら鳴くはずだが」とカマをかけます。鳴くはずのない「鯛」の鳴き声は‥‥‥、焦った男は苦し紛れに「タイ~」と叫んで遂に露見し、「やるまいぞ、やるまいぞ!」「ご許されませ!」と、逃げる男を何某が追いかけて終演となります。
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次に、山井綱雄さんによる「能」についてのおはなしです。と、なんとおはなしの前に、「清経」の一場面をご披露くださいました。
熱心に見入るオフィスワーカーに、山井さんは「能は約700年の歴史があります。『海外で〈日本はどんな国なのか〉と聞かれて上手く答えられなかったので、能楽を観に来た』という方がたくさんいらっしゃいます。日本文化を知ってこそ、世界の素晴らしさもわかる。その一端として能楽の魅力にぜひ親しんでほしいと思います」と呼びかけました。
そして、6月開催の「能楽鑑賞教室」の演目の一つ「羽衣」で使用する「小面:若い女性を表す」、その他に「道成寺」「黒塚」「葵上」などで使用される「般若」の面を披露されました。
「『般若』は女性で、恋に破れた哀れな女性の想いがつのった果ての表情が、鬼のような顔に表現されています。能では神、仏を描く一方、対照的な存在である鬼も描く。人間は誰しも鬼になる一面も心のなかに持っていることを教えてくれます」と解説されました。
つづいての実演は、名曲として名高い「羽衣」。舞台は駿河国の三保の松原、天の羽衣をめぐって、天人(女性)と漁師のやり取り、美しい舞、なかでも「疑いは人間にあり天に偽りなきものを」と漁師を諭すコトバ*は、数ある能のなかでも最も有名な一節と言って良いでしょう。
当日は、同じプログラムが2回連続で披露されましたが、およそ1時間にわたって繰り広げられた熱演を、連続して鑑賞するオフィスワーカーが多数見られました。
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イベント終了後、山井綱雄さんと奥津健太郎さんにお話を伺うことができました。
――学校への出張授業なども積極的になさっていると伺いました。
山井綱雄さん:よく先生方から『難しい能楽の世界をどう教えたら良いですか』と聞かれるのですが、“難しい”と思っているのは大人の方で、先入観のない子どもたちは、 “心”を伝えれば素直にストレートに吸収してくれます。
――「羽衣」のどんなところに注目して拝見すると良いでしょうか。
天人と地上の漁師の、“価値観の違う者同士が争わずに和解する”というストーリーはとても今日的なテーマだと思います。未来をどのように作れば良いか、多様性を認め合う、というような大きなメッセージを伝えてくれるので、そういったことを感じていただけたら良いですね。
――6月開催の「能楽鑑賞教室」で上演される「伯母ヶ酒」の見どころ、また「狂言」の魅力を教えてください。
奥津健太郎さん:酒をめぐる酒屋の伯母と甥の駆け引き、まずはそのやり取りの面白さですね。狂言は、『これはこのあたりの者でござる』と始まります。“その日、その場所、その人、そこで起こっている現代劇”なんですね。
舞台の上で繰り広げられる台詞劇は笑いを呼び起こしますが、登場人物に、自分との類似点や、共感、普遍性を見出せる。古今に共通する、人間の生きていく力が感じられるものがあるという点が、現在も続いている理由ではないかと思います。
能の表現とは少し違う、時に人間の嫌なところや弱いところも垣間見られますが、それらも含めて、みんな頑張ろうよ、という気分になってくれるといいなと思います。
――お二人の今後近日のご予定を教えてください。
山井綱雄さん:5月28日(日)に「山井綱雄之會」(HP)を開催します(東京・国立能楽堂)。私がシテを勤めます修羅能(死後も戦い続ける武将が主人公)の代表曲・能「清経」のほか、シテ方能楽師の登竜門と言われる「道成寺」という大曲を弟子の村岡聖美が披き*ます。金春流では実に38年ぶりの女性能楽師による公演で、「斜入」という、落ちてくる鐘の外側から鐘の中へ斜めに飛び込む鐘入りの型、は女性能楽師初の挑戦です。
奥津健太郎さん:年に一度の特別公演である、師の主催公演「狂言やるまい会」(5月21日[日]名古屋公演[名古屋能楽堂]、10月9日[月・祝]東京公演[国立能楽堂])があります。狂言の修行過程での“卒業論文”にも例えられる「釣狐」という屈指の難曲・大曲をはじめ、狂言「無布施経」ほか豪華な出演者と狂言ならではの珍しい演目・演出に是非ご注目ください。
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国立能楽堂では、毎年「能楽鑑賞教室」を開催していますが、例年は平日の午前11時開演・午後2時開演の開催。
今年は、平日仕事で多忙なオフィスワーカーも来場しやすいように、と土曜日も開催されます(6月20日[火]~24日[土])。
ほかにも能楽の公演は一年を通じて毎週のように開催されていますが、それらは国立能楽堂の主催公演と、能楽師個人や所属する能・狂言の団体による公演、と大きく2つに分類できます。また、全国にある能楽堂や公演可能な舞台での公演を挙げれば、ほぼ毎日、国内のどこかで様々な能楽を楽しめる、と言えるほど、実に多くの公演が開催されています。
初心者向けの解説付きプログラムから、熱心な固定ファンで発売と同時に売り切れてしまうようなプログラムまで、「能楽」は静かで熱い世界と言えるのではないでしょうか。
「興味はあるけれど‥‥‥」という皆さん! まずはお近くの能楽公演に出かけてみませんか。
文・写真=根岸あかね
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