【どぜう飯田屋】伝えたい老舗の小鍋|浅草鍋めぐり
池波正太郎さんは隅田川の畔、待乳山のある聖天町*で生まれ、浅草、上野で育った。著作には鍋も登場する。記念文庫がかっぱ橋道具街の北端にあり、観覧してから鍋めぐりといけば興趣が深まるというもの。池波さんは「江戸風味の酒の肴」*というエッセーに「……江戸湾には隅田川や神田川がながれ込んでおり、その川水と海水とが混じり合った特殊な水質に育まれた魚介は、独自の味わいをもっていたのである。……貝類は、葱をつかって鍋にもする」と書いている。
「ともかくも、さっぱりと手早く調理をして出す。これを味わう方も『待っていました』とばかりに箸をつける。……意気込みで調理し、意気込みで口にするのだ」とも言っている。うなずける。
こんな気分は、かっぱ橋本通りの「どぜう飯田屋」で満喫できる。どぜうはどじょうの江戸表現。この店は4代目・飯田龍生さんいわく「慶応年間の創業時は一膳飯屋」で、その名残か、どぜう料理各種のほか、鰻、鯰、丼物、汁物、茶碗蒸し、ぬた、玉子焼など品書きが充実。どれもがこざっぱりとして洒脱な味だ。
看板のどぜう鍋も抜かりはない。5代目の唯之さんが農薬の影響がない安全かつ力のあるどじょうを求め、行き着いたのは伏流水を引き込んだ池で育つ秋田県産。店に届くと敷地内の井戸水で体の隅々をすっきりさせてから調理にかかる。
わたしは丸こと、頭付き丸ごとのどぜう鍋を好むが、慣れない方は裂きを用いる骨抜き鍋や柳川鍋を楽しみ、慣れたら丸ごとをぜひ。骨抜きも丸ごとも注文が通ると、酒と醤油で下煮したどじょうが浅い鉄の小鍋で運ばれてくる。刻みねぎを山盛りにしてふつふつ煮、ねぎがしなっとしたら食べ頃。七味か山椒を振って口へ入れると、ねぎの香味にくるまれてどじょうがぬるっと躍動し、小骨がきしっと歯に触れる。食べ進むにつれ不思議と身も心も晴れ晴れしてくる。それも当然で、どじょうはカルシウムが鰻の9倍、たんぱく質やビタミンDも豊富。どぜう汁も味わって店を出ると、スカイツリーが江戸切子のように瞬いていた。
旅人・文=向笠千恵子 写真=阿部吉泰
────寒さが身にしみる季節ですが、寒さが増すほどに鍋もののおいしさが沁み入ります。江戸東京で生まれた鍋料理の文化を受け継ぐ名店をめぐる2月号。長く愛される東京の鍋の魅力を、「読んで」「食べて」味わってみてはいかがでしょうか。
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浅草ゆかりの文豪「池波正太郎記念文庫」
『鬼平犯科帳』でおなじみの「五鉄の軍鶏鍋」や、『梅安最合傘』の「浅蜊と大根の鍋」など、小鍋立てが数多く登場する池波正太郎作品。浅草・聖天町生まれで、2023年12月には台東区名誉区民の称号を贈られた池波氏の功績を称える記念文庫が西浅草にある。派手なことが嫌いだったという氏の思いを汲み、台東区立中央図書館の一角に作られた記念文庫では、書斎の復元や直筆原稿・絵画の展示など、池波家から寄贈された貴重な資料の一部を常時公開。約3,000冊を公開する時代小説コーナーも必見!
出典:ひととき2024年2月号
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