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ドルチェカリーナのオランジェット(長野県伊那市)|柳家喬太郎の旅メシ道中記

当代一の落語家・柳家喬太郎師匠。お声がかかれば全国あちこち、笑いを届けに出かけます。旅の合間の楽しみは、こころに沁みる土地の味。大好きなあのメシ、もう一度食べたいあのメシ、今日もどこかで旅のメシ──。この連載「旅メシ道中記」では、喬太郎師匠の旅メシをご紹介します。

大学生の時、銀座2丁目にあった「わんや」という居酒屋でアルバイトをしてました。ここは毎週土曜に落語会を開催していて、時給をもらいながら落語も聴けるという、落語にのめり込み過ぎて大学に5年行った僕にとっては、夢のような環境で働かせてもらってました。そこのバイト仲間に、純子ちゃんという4つ下の女の子がいた。一緒に働いたのは数カ月だったけど、縁あって彼女の結婚披露宴で落語をらせてもらったり、長野の伊那市へお嫁に行ったあとも、毎年の駒ヶ根の独演会に時折来てくれたりと、かれこれ40年近い付き合いが続いてます。

 そんな純子ちゃんが20年前、ご主人の柴 宏治こうじさんと一緒にはじめた洋菓子店が「ドルチェカリーナ」。夏場は駒ヶ根のすずらん牛乳を使ったジェラートや、長野ならではの旬の果物で作るシャーベットが大人気。んでもって冬はチョコレート。ボンボンショコラや生チョコサンドもおいしいけど、僕のいち押しは「オランジェット」。おしゃれと美食に疎い人間がオランジェットなんて口幅くちはばったいんですが、舌が子供で保守的な僕に「こんなにおいしいものなんだ」と思わせてくれたのが、柴さんのオランジェットでした。

 かんきつ類の皮を砂糖漬けにして、チョコレートをまとわせたフランス生まれのお菓子。かんきつの皮だけを細長くカットしたタイプもあるけど、ドルチェカリーナのは果肉を含んだ半月形。フランス産のオレンジをシロップ漬けにしてるから、しっとり柔らかな食感で、皮の苦味の中にも果肉の爽やかな甘味が広がる。これがほろ苦いビターチョコレートによく合うのですわ。オランジェットって大人のお菓子ってイメージだけど、大人っぽ過ぎない、老若男女に愛される味。だから好きなのかなぁ。

 墨田区曳舟ひきふねの洋菓子店に生まれて、東京スカイツリー®と同じくらいの標高の伊那へお嫁に行った純子ちゃん。彼女に本名の「小原こはらさん」と呼ばれると、青春時代の記憶がいろいろよみがえります。つってもね、落研おちけん所属の非モテ奥手自虐男子の青春に甘酸っぱい恋の思い出はありません。あるのはほろ苦い思い出ばかり……でも、ほろ苦い経験があったからこそつくれた落語*もあって、思えば僕はずっと、ビターをパワーにして生きてきた気がします。そんなことを考えながら、オランジェットを肴にウイスキーで一杯やるよわい61の冬。ビターは、これくらいがいいね。(談)

談=柳家喬太郎 イラストレーション=大崎𠮷之

*「純情日記横浜篇」。喬太郎師匠が大学在学中に初めて創作した落語。純な男子大学生が勇気を出してバイト先の女子を横浜デートに誘い、帰りがけに彼女の気持ちを確かめるが……携帯電話が一般的でない時代のほろ苦い青春物語。港崎みよざき篇、渋谷篇、祖師ヶ谷大蔵篇、原宿篇、池袋篇、中山篇、神保町篇もある

【ドルチェカリーナ】
2004(平成16)年オープンのチョコレート・ジェラート・焼き菓子のお店。伊那市の和菓子店に生まれ、パティスリーやジェラテリアで10年以上修業を重ねた柴 宏治さんが作るお菓子は、親しみやすいけれど本格的な味わい。サクサクのショコラサブレで生チョコをサンドした「テラコッタ」もかなりおすすめ!
☎0265-73-0760
[所]長野県伊那市日影642-3
[時]10時~18時30分
[休]水・木曜
[料]オランジェット1枚245円
https://dcarina.sakura.ne.jp/index.html

【師匠プロフィール】
柳家喬太郎
(やなぎや・きょうたろう)
落語家。1963年、東京都世田谷区生まれ。大学卒業後、書店勤務を経て89年に柳家さん喬に入門。2000年真打昇進。「二ツ目の頃、余興の仕事で行った社交ダンススナック。誰も聴いてくれず、わずかなギャラを握りしめて帰った、聖夜のほろ苦い思い出です」

出典:ひととき2024年12月号

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