1億年の浪漫に満ちた「海の神の使い」 日和佐のウミガメ(徳島県海部郡美波町)
ウミガメの産卵地として知られる徳島県美波町日和佐地区の大浜海岸。ここは日本のウミガメ保全の発祥地でもある。始まりは1950(昭和25)年、呼びかけは地元の男子中学生だった。
「肉を削がれたウミガメの亡骸を、彼が海岸で見つけたんです。食糧難の時代でしたから、食用に捕獲されたのでしょう。そこで『こんな悲惨なことが二度と起きないように』と仲間を集めてウミガメの観察記録を始めたそうです」と田中宇輝さん。日本で唯一のウミガメ専門の博物館「日和佐うみがめ博物館カレッタ」の学芸員だ。
「本人たちは純粋にウミガメを思う気持ちから研究していただけなので、1988(昭和63)年の『日和佐海亀国際会議』で、その成果が先駆的だと学者に高く評価されて驚いたそうです」
近年、大浜海岸で産卵するウミガメは減少している*1 が、そもそもウミガメは全種、IUCN*2 のレッドリストに掲載されている。個体数の減少は地球規模で深刻なのだ。美波町では1995(平成7)年に「ウミガメ保護条例」を制定し、産卵シーズン中*3 は海岸への夜間の立ち入りを規制したり、街灯を消したり、静かで暗い海岸の環境づくりに尽力し、産卵を妨げないように努めてきた。
だが、田中さん曰く「ウミガメの保全は日本だけで、ましてや一市町村で解決できる問題ではありません」。そう聞くと悲観的な未来を思い描いてしまうが……。
「でも、産卵できるホームを守ることは非常に大切です。帰れる海岸さえあれば絶滅しないのではないか。ウミガメにはそう思わせてくれる奥深さがあります」
1億年以上も生き抜いてきたウミガメは、その過程で身につけた習性や本能が優れていて、環境の変化に適応する力が非常に高いという。ウミガメにとって美波町が最良のホームであり続けてほしい。ウミガメと町の物語を次世代に伝えながら、いつまでも。
文=神田綾子 写真=佐々木実佳
出典:ひととき2022年8月号
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