君火をたけよきもの見せむ雪まるげ|芭蕉の風景
「NHK俳句」でもおなじみの俳人・小澤實さんが、松尾芭蕉が句を詠んだ地を実際に訪れ、あるときは当時と変わらぬ大自然の中、またあるときは面影もまったくない雑踏の中、俳人と旅と俳句の関係を深くつきつめて考え続けた雑誌連載が書籍化されました。ここでは、本書『芭蕉の風景(上・下)』(ウェッジ刊)より抜粋してお届けします。
君火をたけよきもの見せむ雪まるげ 芭蕉
雪の日の友の訪問を喜ぶ
貞享三(1686)年、芭蕉は旅に出ることなく、江戸で過ごしている。この少し前、芭蕉にとって重要なできごとがあった。曾良との出会いだ。のちに『おくのほそ道』の長旅に同行する主要な弟子である。掲出句はこの年の冬の作。芭蕉の作品の中で、曾良が登場するもっとも初期の句である。
掲出句は其角編『続虚栗』(貞享四年・1687年刊)所載。句意は「君は火を焚いてあたたまっていてください。わたしがいいものを見せてあげましょう。雪の大玉を作って」。中国の詩人、白楽天の詩「雪月花の時最も君を憶ふ」の影響もあって、詩歌をたしなむものにとって、雪の降る日は友のことを思う日だった。まさにそんな雪の日に、曾良が訪ねてくれたことを喜び、芭蕉は弾むように掲出句を詠んでいる。
曾良のすまいについては、『おくのほそ道』に記載があった。「芭蕉の下葉に軒を並べて、予が薪水の労を助く」。「芭蕉庵の芭蕉の葉の下に隣合い、わたしの炊事の面倒を助けてくれた」という意になる。二人のすまいはごく近接していた。
今日は芭蕉庵、曾良庵があったあたりを歩いてみたい。都営地下鉄大江戸線・新宿線森下駅下車、新大橋通りを西に向かい、隅田川に出たら、川沿いの整備された道を下流に向かって歩く。小名木川が隅田川に合流するあたりに、芭蕉庵があったと考えられている。秋の日は暮れやすい。小名木川に架けられた萬年橋が灯っている。どこからか金木犀が匂う。川面を灯した水上バスがさかのぼっていく。上げ潮のためか、水面がみなぎっている。
萬年橋
芭蕉庵の跡と伝えられている場所は、現在、芭蕉稲荷神社となっている。繰り返し訪ねるべき地である。
芭蕉稲荷神社
それでは曾良庵は、と思って、歩いていたら、「そら庵」というカフェをみつけ、はっとした。店主に、「この店の場所が曾良庵跡だったというような言い伝えがあるんですか」と聞いてみると、笑いながら首を横にふっていた。「たまたま芭蕉庵跡が近くなので、芭蕉の弟子曾良にちなんで命名しました」とのこと。深川では、曾良までもが親しまれているのだ。コーヒーで一服しよう。
芭蕉は隠密だったか
曾良の遺したメモを、曾良の甥、周徳が整理してまとめた『ゆきまるけ』(元文二年・1737年成立)という書がある。その巻頭に掲出句が掲載されている。その前書には次のようなことが書かれていた。「曾良は芭蕉庵の近くに仮のすまいを定めて、朝に夕にわたしが訪ねたり、曾良に訪ねられたりしている。わたしが食事を作るときには、曾良が柴を折って焚いて助けてくれる。茶を飲もうという夜には、曾良が厚い氷を割ってくれる。曾良の性質は世を避けて静かに暮らすことを好み、わたしとも極めて親しい。ある夜、雪が降った際に訪ねられて、次の句を詠んだ」。
こういう前書があるので、「君火をたけ」には、単に暖をとるだけではなく、「飲食の準備もしてくれ」という意味も籠められていよう。芭蕉の肉声が聞こえる。芭蕉は曾良を「君」と呼んでいたのだ。辞書に見える「男の話し手が同輩以下の相手を指すのに使う語」であるが、とてもみずみずしい感じがある。そして、「よき物見せん」と続ける。「よき物」も芭蕉が口にしたことばだろう。いったい何だろうと、曾良に期待を持たせる。そのあと、それは雪をまるめて作る雪の玉だよ、と種明かしをしているのだ。この句文には雪と友情とに興じる、少年のような芭蕉がいる。
俳文学者村松友次の『謎の旅人 曽良』(大修館書店・平成十四年・2002年刊)を読んだ。曾良の実像に迫っていて、ぼくは衝撃を受けた。内容は以下のとおり。江戸幕府は全国各地から情報収集しなければ治世を続けることはできない。その情報収集のために、幕府関係者が各地に門弟の多い俳諧師芭蕉と旅のベテラン曾良とを結びつけた。仲介したのは江戸城に魚を納めていた商人杉風であった。
『おくのほそ道』の旅も歌枕探訪のみが目的ではなくて、幕府関係者に仙台藩などの情報を提供するという面もあった。曾良には幕府筋から多額の旅費が支給されていたらしい。曾良は芭蕉の死後、幕府の九州方面巡見使の随員となる。巡見使は全国の施政、民情を調査するためのものである。曾良と幕府との関わりはかなり深い。従来、芭蕉忍者説、隠密説が話題にされてきたが、ぼくは無視してきた。しかし、この本を読んで、隠密説も俗説と切り捨ててはしまえないような気がしてきた。
掲出句に盛られている友情も、二人の幕府に関わる仕事を隠蔽するためのものだった、と読むことができるかもしれない。しかし、そうは読みたくない。句が翳ってしまう。たとえ、二人の関係が幕府の命によって始まったとしても、それを忘れて、純粋に雪と友情とを楽しんだ一夜があったと信じたい。
上げ潮に河みなぎるや秋の暮 實
きんもくせい萬年橋のともりたる
※この記事は2009年に取材したものです
小澤 實(おざわ・みのる)
昭和31年、長野市生まれ。昭和59年、成城大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。15年間の「鷹」編集長を経て、平成12年4月、俳句雑誌「澤」を創刊、主宰。平成10年、第二句集『立像』で第21回俳人協会新人賞受賞。平成18年、第三句集『瞬間』によって、第57回読売文学賞詩歌俳句賞受賞。平成20年、『俳句のはじまる場所』(3冊ともに角川書店刊)で第22回俳人協会評論賞受賞。鑑賞に『名句の所以』(毎日新聞出版)がある。俳人協会常務理事、讀賣新聞・東京新聞などの俳壇選者、角川俳句賞選考委員を務める。
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