「目の前の好きなことをやり続けたらこうなったの」平野レミ(料理愛好家・シャンソン歌手)|わたしの20代
父*がフランス文学者だったから、シャンソンは幼い頃から耳にしていたの。日本の曲にはないような、とってもきれいなメロディーラインでね。歌詞の意味なんてわからなかったけど、聞こえたままを真似してよく歌っていました。高等学校はつまらなくて「やめたい」と父に伝えたら、「やめてもいい。その代わり好きなことは徹底的にやりなさい」と言われて。私がシャンソンを好きだと知っていたから、オペラ歌手の佐藤美子さんに習うことを勧めてくれたんです。
当時暮らしていた千葉から、東京を横断して先生のお宅がある神奈川まで、週2回通っていました。歌うことは楽しかったけど、先生はプロのピアニストというわけじゃないから、たまに伴奏をミスするのね。その度に「本格的なバンド演奏で歌ったら気持ちいいだろうな、一回歌ってみたいな」と夢に描いていたの。
20代前半の頃、銀座日航ホテルにあったミュージックサロンでオーディションをやっていると聞いて。プロ歌手を目指していたわけじゃないけど、「バンド演奏で歌えるなら」と受けてみたら、受かっちゃった。サロンで歌い始めてすぐに、同じ銀座にあったシャンソン喫茶の銀巴里からも声をかけてもらって、掛け持ちで歌うことになったの。譜面をもってドレスの裾をたくし上げて、銀座通りを走って2つのステージを行ったり来たり。大忙しだったけど、楽しくて仕方なかったわ。自分の中の感情が歌と一緒に全部外に吐き出されるようで、スカッとするの。シャンソンは曲によっていろんな人間を演じられるのも楽しいのよね。そうやって自分を表現することで、幸せな気持ちになれるんです。
今は料理家としての活動のほうがメインだけど、好きなことを表現するという点では、歌も料理も同じよね。「いい声で素敵な歌を歌いたい」も「おいしいお料理を作りたい」も表現。どちらも、周りの人を喜ばせることができるしね。
今の私があるのは、夫(和田誠氏)のおかげでもあるのよ。結婚したのは、20代半ばの頃。和田さんは、それまで出会ったどの男性とも違ってたの。博識で、どっしりと落ち着いた人柄にひかれて、出会って10日で結婚しました。
家には、和田さんの友達がたくさんやって来たの。渥美清さん、黒柳徹子さん、永六輔さん……。和田さんが、「レミの料理をみんなに振る舞ってあげて」と言うので、子供の頃から料理が好きだった私は、思いついたものをパパッと作って出したんです。そのうち「和田さんの女房はおいしいものを作ってくれる」という話が広まってね。それが今ではテレビや本でレシピを紹介するまでになっちゃった。何より感謝したいのは、和田さんが私の料理を一度も「まずい」と言わなかったこと。「今日はちょっと味が濃いかな」なんて言われる日もあったけど、少し味付けを変えると「すっごくよくなった」って褒めてくれるの。それがうれしくて、もっともっと頑張ろうと思えたんです。
20代は思うように生きてきたから、悔いなんてな〜んにもない! だから、その先に楽しい人生が待っていたんだと思うの。野心も野望も抱いたことはないけど、ただ目の前の好きなことをやり続けていたらこうなっちゃったんです(笑)。
談話構成=後藤友美
出典:ひととき2023年6月号
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