「研究を通じて人間と鳥の世界をつなげたい」(動物行動学者・鈴木俊貴)|わたしの20代
小さい頃から、生き物を観察することが何より好きでした。両親と一緒に虫や魚捕りによくでかけていましたね。虫捕り少年というと、昆虫採集して標本を並べたりするイメージですけど、僕の場合は飼育ケースの中にできるだけ自然に近い環境を再現して、生き物の暮らす様子を観察するのが好きでした。「生き物たちはこの世界をどう見ているんだろう?」。そういう生き物たちの視点というか、彼らがこの世界をどう認識しているかに興味があったんです。
高校生になると双眼鏡を手に入れて、野鳥観察にハマりました。大学は生物学科に進学して、観察に没頭する日々を送るわけですが、当時は鳥に限らずいろいろな生き物を観察していました。ナナフシという木の枝に擬態する虫に興味があって、卒業論文のテーマにしようかと考えていた時期もあったんです。
でもある時、長野県の森の中でシジュウカラが気になっちゃって。僕は高校生までピアノをやっていたこともあって、音に敏感なほうなのですが、野鳥のなかでもシジュウカラだけがいろいろな声で鳴いているなと思っていました。デタラメに鳴いているのかな、と観察していたら「いや、デタラメじゃないぞ」って気づいて。たとえば鷹が来たときは「ヒヒヒ」って鳴くし、蛇がでたら「ジャージャー」と鳴く。天敵の種類によって声を変えている。ということは、天敵が来たから「怖い」ってただ感情的に鳴いている訳じゃなくて「鷹」とか「蛇」って単語を使っているのかもしれない。そう思いついたのが20代前半頃のことです。
シジュウカラの言葉について研究を始めたものの、どのようにしたら科学的な事実として示すことができるでしょうか。試行錯誤しながら新しい実験方法を編み出して、森にこもって実践する。地道な作業の積み重ねでした。そんな時、父が「新しいことを始める時は、成果が出るまで5年はかかるんじゃないの」って励ましてくれて。コツコツ続けて、ちょうど5年で初めての論文を出せました。それからも研究と論文発表を続けながら、シジュウカラに言語があると証明するまで15年以上かかりました。20代じゃ収まりきらなかったですね。
シジュウカラって身近な鳥なんですよ。森だけじゃなくて都市にもいるし、東アジアだけじゃなくヨーロッパにも生息しています。研究を始めた当初、先生に「シジュウカラは、かなり研究されているから、新しいことを見つけるのは難しいよ」って言われました。確かに難しいかもしれないけど、目の前にあるのに、誰も気づいていない現象というのがあって。身近な鳥をもっと深く観察することで新しいことを見つけられたら、それは単なる発見以上の何か普遍的なことに繋がるんじゃないかと思いました。
僕はこの研究を、人間の世界と鳥の世界をつなぐことができたらいいな、と思ってやっています。人間には人間の言葉がある、鳥には鳥の言葉がある、どちらも動物の言葉のひとつです。人間と、人間が勝手に作っている動物との間にできた壁を壊す。そこから飛び出すことで私たちの認識できる世界が広がれば、人生も豊かになりますよね。だって動物の言葉がわかる人生とわからない人生、わかったほうが絶対楽しいじゃないですか。
談話構成=渡海碧音
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