夢見る汽車を横目にタイムスリップ(彰化・鹿港)|岩澤侑生子の行き当たりばったり台湾旅(4)
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彰化名物のバーワンのお店から、徒歩で彰化扇形車庫へ向かう。ここ彰化には、日本統治時代に建造された扇形の車庫がある。ちょうどこの年は、彰化扇形車庫が運用され始めてから100年を迎えた記念の年だった。
扇形車庫は、車体の角度を変える転車台(ターンテーブル)を真ん中に置いた車庫、長旅を終えた機関車のおうちだ。1922年に6両の蒸気機関車が入る格納庫として建造され、その後増築を重ねて1933年に12両の車庫になった。99度の扇状に広がっていることから扇形車庫と呼ばれる。てっきり博物館のような場所だと思っていたのだが、この車庫は今も現役で稼働している。
日本統治時代には台北、新竹、彰化、嘉義、高雄港の5か所に扇形車庫が存在していたが、列車の電化に伴って車庫が不要になり取り壊されていった。最後に残った彰化扇形車庫も1995年に撤去される予定だったのだが、熱心な鉄道ファンや地元住民の保存運動により、現状のまま残されることになった。
それぞれの車庫の上には、蒸気機関車から出る煙を外に出すための煙突がある。煙突の色合いも数字の字体もレトロで可愛い。真ん中にある転車台や車庫内は立ち入り禁止だが、その他の場所は木の板に沿って自由に歩いたり写真を撮ったりできる。
小さいころに行った京都の梅小路公園にある扇形車庫で、つやつやの巨大な鉄の乗り物を見て感動した記憶が蘇る。大人になってから実際に動く蒸気機関車に乗ったが、圧倒的な存在感の車体の前に立つだけでも心が躍る。それと同時に、人間の身体を大きく超えた力を持つ存在にやや気圧される。もっと早く、もっと遠くへという人々の欲望を叶えた近代の乗り物。鉄道の登場で産業や経済が発展し、時代は大きく動いた。街の風景や人々の暮らしを変え、数えきれないほどの夢を運んだ蒸気機関車は、現在は本来の役目を終えたものの、運行可能な状態で保存されている。
場内は子供を連れた家族で賑わっている。近くにいたお父さんが興奮しながら子供に「你看!(見て!)」と蒸気機関車のほうを指差す。子供にとって夏休みのいい思い出になるだろうなと思って見ていると、意外にも子供はしかめっ面をして「太無聊了(すごくつまらない)」と連呼していた。必死に鉄道の魅力をアピールするお父さんをみて微笑ましい気持ちになった。
彰化扇形車庫を出る。まだ明るい時間だったので、バスに乗って古都・鹿港へ向かう。彰化駅から鹿港へはバスで30~40分程度。かつては鹿港まで糖業鉄道が通っていて、一般の旅行客も乗ることができたという。
赤煉瓦に覆われた街、鹿港に到着。1784年に福建省泉州と航路が繋がれ、60年ほどの長期に渡る鹿港の黄金時代が幕を開けた。当時は「一府、二鹿、三艋舺」(府は台南の安平、鹿は鹿港、艋舺は台北の萬華)と称されるほど繁栄を極めた。泉州からの移民が多かったことから、建物などにその特徴が色濃く残されている。
日本統治時代が始まってからも中国大陸との交易は続けられていたが、次第に土砂などが堆積し荷役が困難になり、日中戦争勃発後は閉鎖状態になった。更に鉄道輸送網からも外れたことなどから、鹿港はやがて商業地としての活気を失っていったという。時代の空気がそのまま保存されたような街は、訪れた人を時空の旅にいざなう。
平日であることとコロナ禍が重なって、観光客はまばらだ。気ままな一人旅のいいところは、人目を気にせず空想の世界へタイムスリップできること。路地を歩きながら、この土地が蓄積してきた時間と、これまで通り過ぎていった人々の影を追いかけてみる。
「麺茶」と書かれたインパクトのある赤く太い字体が目に飛び込んできた。麺のお茶?と不思議に思って注文してみる。
麺茶には小麦、砂糖、ごま等が入っている。健康に良さそうな、一口飲むとホッとする優しい味。ホットでもアイスでもデザートとしても、いろいろなバリエーションを楽しめそう。次なる台湾スイーツとして日本で売りだしたら流行るかも。
この街の観光スポットのひとつ「摸乳巷」を通りかかる。清朝時代は排水溝だったところが日本統治時代に舗装され、やがて通路になった。人がひとり通れる狭さで、一番狭いところは70cm。
向こう側から人が来ないのを確認して入ってみる。台湾の小さな路地はどうしてこんなにワクワクするのだろう。スパイ映画やアクション映画で大勢の敵に追われるときにここを通ったら有利だなと想像する。
龍山寺の提灯に灯りがともる。夕刻に差し掛かり、人の姿が見えなくなる。消えかかる太陽の紅い光線が、この日最後の力を振り絞る。昼と夜との境目、逢魔が時がやってきた。古い記憶が至るところから顔をのぞかせて、訪れた人を手招きする鹿港の街。
その昔、鹿港の街の両端には門が設置され、夜が近くなると治安維持のために門を閉めたそうだ。このままここに閉じ込められるのではないかと思い始めてヒヤッとする。時空の旅からそろそろ元の世界に戻ろうと小走りになったとき、衝撃的な光景が目に飛び込んだ。
思わず「ぎゃっ」と声を出す。壁一面に顏が埋め込まれている……。こんなの、ガイドブックには載っていなかった。真先に思い浮かべたのは、大好きな漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の石仮面*! 友人に「俺は人間をやめるぞ!!!」**と写真付きでメールを送る。シャッターが下りていてパッと見て何の施設か分からなかったが、調べてみるとここは「鹿港焼陶芸文創館」という陶芸館。よく見ると、壁に埋め込まれているのは穏やかな顔の仏様だ。
罰当たりな空想を楽しんでいると、雷鳴が轟き、瞬く間に雨が降ってきた。高温多湿の台湾で通気性の悪い靴を履いていると足がむずむずするので、どこへ行くにも安いサンダルを履いて出かけたが、台湾の道はタイルや赤レンガが敷かれていることが多く、サンダルだと滑りやすいので注意が必要だ。雨でびしょびしょになりながら、転ばないように下を見ながらそろりそろり歩く。ふと、日本統治時代のTR煉瓦(第1回参照)が埋まっているのを見つけた。
台湾の街には歴史が残した小さな宝石が散りばめられている。それを見つけて拾い集め、密かに自分の宝物にする。明日も「私の台湾」を見つけに、ゆっくりと街を歩こう。空想と発見の旅はまだまだ続く。
>>>次回に続く
文・写真=岩澤侑生子
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