上質なハンガーは洋服を引き立てるファッションの名脇役【ナカタハンガー】
よくテレビドラマで名前は知らないけれど、顔を見れば「あ、この人か」とすぐわかる役者さんがいる。いわゆる名脇役だ。光石研、松重豊、遠藤憲一などがそう。少し前に彼らを主役にしたドラマ「バイプレイヤーズ」がヒットして、一躍名前も知られるようになった。
ファッションのバイプレイヤーズといえば、ソックス、ネクタイ、カバン……いろいろあるがハンガーもそうだ。たとえ高価な服でも、クリーニングに出した時にもらったハンガーなんかに掛けていたら、それで全て台無しになってしまう。ちゃんとしたハンガーに掛けていれば、服のシルエットもくずれない。いいハンガーとは、地味だけれどもいい仕事をするファッションの名脇役なのである。
日本で唯一の木製ハンガー専門メーカー中田工芸が作る「ナカタハンガー」がまさにそうだ。兵庫県の豊岡市で、職人の手作業によって1本1本生み出される厳しい品質基準をクリアしたハンガーは、アパレルメーカーをはじめ、国内外の有名セレクトショップや老舗百貨店、一流テーラーなどでも使われて、ファッションのプロから厚い信頼を得ている。1975年に英国からエリザベス女王が来日した際には、宿泊した迎賓館に同社のハンガーが納入され、業界の内外で話題になった。また最近は「Amazon」が日本各地の魅力ある事業者や作り手を紹介したテレビCMでも、ナカタハンガーが紹介された。
そこでナカタハンガーを訪ねて、兵庫県の豊岡市を旅してきました。カバンの町として知られるが、今回の旅の目的は同じ名脇役のハンガーであります。
中田工芸は1946年に豊岡で創業。かつて1980年代前半に社会現象になったDCブランドブームの時、ハンガー業界にはアパレルメーカーからの注文が殺到、その需要はとどまるところを知らなかった。中田工芸はスーツにぴったりフィットするハンガーを作るためにデザイナーと協業して、それまでにない立体的なハンガーを開発。このハンガーはスーツ・ジャケット用ハンガーの定番製品として評判になり、多くのアパレルメーカーやテーラーで採用されるようになった。「AUT−05」というモデル名で、今も時代に合わせて進化を続ける、ナカタハンガーを代表するハンガーである。
「あくまで主役は服ですが、ハンガーは私どもの取引先である洋服屋にとってなくてはならないものですし、常に服と共にあるものなんですね。ファッションの仕事にかかわりのない一般の人にも、いい服を買ったらちゃんとしたハンガーに掛けたいというニーズが絶対にあります。ですがそれに応えられるハンガーがありませんでした。そこで自分たちの持っている技術と経験を最大限にいかして良いものを作りたいと、ナカタハンガーという自社ブランドを立ち上げました」
そう語るのはナカタハンガーの社長、中田修平さんだ。中田工芸は創業者で祖父の敏夫さんが、腕のいいハンガー職人と出会ったことから始まった。敏夫さんは、行商で行き来する列車から見える全ての家で1本でもいいからハンガーを使ってもらいたいと思っていた。2007年、2代目で父の孝一さんがその思いを継いで、東京の青山に念願のショールームをオープンする。米国で暮らしていた修平さんは帰国して、ショールームの運営を担った。
「当時はハンガーについて何の知識も持っていませんでした。ただ、祖父と父が長年作り続けてきた自社のハンガーには未知数の可能性があると感じて、東京で一から始めてみたいと思いました」
日本初のハンガー専門店は徐々に話題となり、メイドインジャパンの上質な木製ハンガーはバイヤーたちの口コミで評判も上がり、メンズファッション誌に紹介される。2010年、新宿の「伊勢丹メンズ館」でハンガーのブランドとして初の取り扱いがスタート。これを機に百貨店にも販路が拡大していく。2017年、修平さんは中田工芸の3代目社長に就任。ナカタハンガーは、ギフトや結婚式の引出物など、ハンガーの可能性を次々と見出していく。
「服と福をかけて『ハンガーは福を掛けるものだ』というのが祖父の口癖でした。それで結婚式の引出物にハンガーというアイデアを思いつきました。結婚式の引出物はおめでたいものですし、披露宴に100人ゲストがいたら新郎新婦だけではなくたくさんの人にハンガーのよさが広まります。ショールームを作った時、自分用に買って気に入り誕生日のプレゼント用にも欲しいというお客さんがけっこういらしたんですね。ギフトという切り口でもっといろんなものがあると考えたら、ハンガーは贈り物として可能性があることに着目しました」
結婚式の引出物に次いで人気なのが、学校の卒業記念。「木製ハンガーは卒業の思い出と共に、進学就職のスタートに制服やスーツを掛けていつまでもお使いいただけます」と謳ったカタログを制作。全国の小学・中学・高等学校のPTA担当者宛てに手紙を添えて送ると評判になり、今や都内の学校も卒業式の記念品にナカタハンガーを採用している。
「人生の節目やハレの日をきっかけにハンガーと出会っていただいて、そこから長く人生を共に過ごしてもらえたらいいなぁと思っています」
ナカタハンガーの次なる可能性は海外進出。紳士服の本場ロンドンのサビルロウ*での取引も決まりつつある。もうハンガーはファッションの脇役じゃない。堂々と主役を演じられるアイテムなのだ。
文=いであつし 写真=阿部吉泰
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