90年近い時を経て再生される「大和ホテル」|『旅する台湾・屛東』より
気軽に屏東を訪れるとしたら、屏東市を入り口とするのがいい。
ホテルがあり、百貨店やカフェ、夜市、伝統市場なども揃っている。市内の移動にシェアサイクルのYouBikeやバスを利用すれば、不便さは感じない。
主な見所は、のんびりと歩いて回ってもいいくらいの範囲にある。
私は、1枚の横広の水彩画「南国之薫風~屏東市五十名所1895−1945」を手にしている。屏東出身の画家・陳信宏さんが、日本統治時代の雑誌『臺灣公論』に倣って描いた屏東市の鳥瞰図だ。陳さんは、自身の父親の記憶に残っている屏東市について、数年をかけて日本統治時代の資料などを集めて完成させたという。
絵には「台湾製糖」「酒精工場」「市場」「紀の国屋」「三井支店」などが描かれている。遠くに中央山脈を眺め、渓流や鉄道、飛行機があり、当時の繁栄した様子が見て取れる。
今となっては、残念ながら影も形もないものが多い。それでも、最近は残っているものにリノベーションを行い、遺構として保存する動きが活発化しており、屏東市全体の雰囲気が大きく変化しているという。
期待で胸が膨らむ。どれくらい、屏東市と日本を結ぶ「絆」が復活したのか、「南国之薫風」と照らし合わせながら街歩きをしてみたい。
屏東市の玄関口・屏東駅に降り立って驚いた。記憶の中の薄暗い地方の小さな駅舎が、ソーラーパネルを屋根に設置し、ガラス張りの吹き抜けに波や椰子の木など南国らしいモチーフが散りばめられ、意匠を凝らした現代的な駅舎に生まれ変わっていた。駅前には噴水もあり、ライトアップされると美しい。
目の前にズラリと並ぶレンタカーやレンタルバイクの店、パーキングを越え、目抜き通りの中山路を200メートルほど進むと、五差路の右角地に歴史感漂う品のある3階建ての建造物が見えてきた。
控え目な袖看板に「大和ホテル」とある。「南国之薫風」に描かれた日本統治時代の1939年に完成した宿泊施設だ。
鉄筋コンクリート造りに薄茶色のレンガタイル貼りの外観は、当時とさほど変わらない。東京の高島屋日本橋店や大阪の高麗橋野村ビルディングとどことなく似ている。コーナーが丸くなっており、四角い柱のアーケードに長方形の窓と、装飾らしいものを省き、シンプルに構成されたモダニズム建築に懐かしさを覚える。
「YAMATO Café」と表記されている1階のガラス扉を開くと、挽きたてのコーヒーの香りが漂ってきた。内装は、鉄骨むき出しやコンクリート打ち放しのインダストリアル風。壁一面が大きなガラス張りで、光が程よく射し込み、何時間でも座っていたくなる気持ちいい空間だ。
肝心の大和ホテルは2、3階部分で、現在開業準備中だが、リノベーション計画を主導するPaul(賴元豊)さんに話を聞くことができた。
「数年前までは、建物を覆うように大型看板が張り巡らされていたので、大和ホテル時代の名残は全くわからない状態でした」
かつての大和ホテルは、屏東駅前唯一の宿泊施設であり、1階にビリヤードやスイーツショップが入っていた。3階建てのモダン建築は、小売人や軍人たちが多く利用する小洒落た宿として大繁盛していたが、戦争が終わると同時に「大成旅社」へと改名されるも、時代の趨勢に逆らえず、1999年に廃業した。ホテルは廃墟と化したが、1階部分には食品や眼鏡店などの店舗が入った。屏東・枋寮出身のPaulさんも、長い間屏東駅を利用してきたものの、大和ホテルの存在を知ることはなかったという。
2011年、クリスマスツリー電飾で事業を築き上げた「源順工業」の許源順会長が、個人資産で大和ホテルを買い取った。北部の新竹出身の許会長の妻が屏東・萬丹出身で、故郷を思う気持ちから、大和ホテルの新たな物語の1ページがスタートした。
2014年に大和ホテルは「屏東県歴史建築」に登録された。大規模なリノベーション計画が立てられ、まずは1階に許会長が大好きなコーヒーが飲めるカフェをオープンしたという。
改装中のホテル部分を見せてもらった。中央に台湾のレトロ建築でよく見かける磨石子(テラゾー・人造大理石)の階段が伸びている。登った先にはチェックインカウンターがあり、個人用の客室を2階、ドミトリー形式の客室を3階に配置した。元の大和ホテルは、トイレと洗面が共用で、風呂はホテル外の銭湯で済ませるスタイルだったため、狭い客室が36室もあったそうだ。リノベーション後は、トイレと洗面は共用だが、部屋数を半分以下に減らし、各室にシャワーブースを設けた。客室部分に設置されたスタイリッシュモダンな鉛色の手洗いボウルが、レトロな建築に不思議と融和していた。3階には大広間もあり、飲食の提供を予定している。どの部屋も窓が多く、屏東市街を一望するだけでなく、光をふんだんに取り込めるから嬉しい。
特筆すべきなのは、3階に、茶室をヒントに作られた特別室を増設したことだ。専用のトイレにシャワー、バスタブがあるだけでなく、坪庭まで独り占めできるから贅沢この上ない。
「文化とは、昔のものだけでなく、未来に続くもの」
許会長とPaulさんの思いは一致していた。外観を変えずに、本来の用途と同じ形でリノベーションを行い、ひいては「大和」を、屏東を代表するひとつのブランドにしたい、とPaulさんは熱く語った。
大和ホテルの階段は最上階までの吹き抜け構造となっていて、まるで映画のセットのよう。Paulさんは階下から見上げ、爽やかな笑顔でこんなスローガンを唱えた。
「大和ホテルに泊まったことがなければ、台湾に来たとはいえない」
その通りだ。私も早く泊まりたいと、はやる気持ちを抑えられない。90年近い時を経て、再生される魅力いっぱいのホテルの開業が待ち遠しい。
文・写真=一青妙
◇◆◇ 本書のご紹介 ◇◆◇
『旅する台湾・屏東』
一青妙 , 山脇りこ , 大洞敦史 著
2023年11月20日発売