十八番を授けてくれた街|五代目 江戸家猫八(演芸家・動物ものまね芸)
私にとっての忘れがたい街は、今から11年前の2013年に訪れた場所なのですが、恥ずかしながら番地どころか街の名前さえ覚えておりません。ただひとつ、何区なのかははっきり記憶しています。とても広大なマサイマラ国立保護区、アフリカはケニア旅のお話をしたいと思います。
首都ナイロビから小型飛行機に乗って、草原地帯につくられた舗装されていない滑走路に着陸すると、信じられない光景が広がっていました。目線の先にはシマウマとアフリカスイギュウ、その奥にはぱらぱらとインパラたち。飛行場の周辺がもうすでに動物たちの生息地であることに驚かされます。空港を出て宿泊ロッジの送迎車に乗るまでの短い道のりでは、ゆっくり土道を歩くカメレオンを発見。私がこれまで培ってきた動物を観察する距離感覚が通用しないというか、何というか、言葉を失いました。
ケニアを訪れたのは雨季が明けて乾季に入ったばかりの7月上旬。日中の日差しの強さは肌をジリジリ刺激しますが、日が暮れると気温はみるみる下りはじめ、薄手のダウンジャケットが必要なほどの寒さになります。これが「生きる」ということなのかもしれません。人間を含め、生き物たちの営みは太陽とともに。
滞在中の日課は日の出前に出発して、サバンナをゲームドライブすること。東の空が朱色に染まり、大きな朝日を背にマサイキリンのシルエットが優雅に歩きはじめます。草原全体に太陽の光が届いたころ、アフリカゾウの家族と出会いました。空港ではあれだけ近くに感じた動物たちの存在でしたが、今度はキリンやゾウさえ小さく見えるアフリカの大地の偉大さを見せつけられました。
旅の一番の目的はウシ科の動物、オグロヌー。鳴き声が名前の由来になっていると知ったので、どうしてもその声を聞いてみたい。タンザニアからケニアへと渡ってくる時期がずれてしまうと出会えない可能性があると聞かされていましたが、私の思いを聞き入れてくれたかのようにヌーはやってきました。国境沿いにあるマラ川の向こうが黒く見え、よく目をこらすと点の集合であることがわかります。そのすべてがヌー。先行してマラ川を渡ったヌーたちは川沿いを埋めつくし、ジープがゆっくり近づくとまるでモーゼの十戒のように群れが割れていきます。
地鳴りのように響く鳴き声、念願叶って勉強することができました、土煙の匂いがする風を体中に感じながら。そして数年後、ヌーはついに十八番のひとつになりました。ばかばかしい展開のネタではありますが、私を支え続けてくれる大切なパートナーです。忘れがたい街、マサイマラ国立保護区で生まれたネタが、ひとりでも多くの演芸ファンの忘れがたいネタになりますように。あの日に感じたケニアの風とともに。ヌーッ
文・写真=江戸家猫八
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