古代のハスに触れ、平和に想いを馳せる夏
「今年の見頃もそろそろ終わりですねぇ」
大きな葉に視界を遮られた通路の向こうから、ふとそんな声が聞こえてきた。ここは約二千年前の古代ハスが咲くことで有名な千葉公園。
ざっと見渡すかぎり、咲いているのは全体の3割くらいだろうか。ハスの花は、4日間しか咲かない。すでに花びらが落ちて剝き出しとなった花托があちこちから顔を覗かせている。
見頃を迎えたら来ようと決めていたのに、うっかりタイミングを逃してしまった。上野恩賜公園のハスが毎年7月に見頃を迎えるので、それと同じくらいの時期だと思い込んでいたのだ。
もっと早く来ればよかった……。暑さでへばりそうになりながらそう独りごちていると、先ほどの声がまた聞こえてきた。
「ハスの植え替えってね、ほんと大変なんですよ。それを見てるからね、私はいつも思うんです。一輪でも咲いてくれたらそれで十分だって」
汗を拭いながら顔を上げると、夏の陽射しを浴びて咲くハスの花がいっそう美しく、輝いて見えた。姿の見えない声の主に、そっと感謝の念を送った。
奇跡的に発見された二千年前のハスの実
大賀一郎博士が古代ハスの実を見つけたのは、1951年3月のこと。千葉市にある東京大学検見川厚生農場で、約二千年前のものと推定された丸木舟と一緒にハスの花托が出土したため、有志を集めて実の発掘に挑んだ。天候不順などもあって作業は難航を極めたが、あきらめかけた矢先にハスの実を発見。その後、さまざまな人々の協力も得て開花に漕ぎつけた。
そして大事をとって3つに分けたハスの根のひとつが、ここ千葉公園に植えられたのである。
博士が発見したハスは「オオガハス」と名付けられ、日本各地に分根されている。中国や韓国、北米や欧州、中南米などの国々にも友好を願い寄贈された。現在は世界17か国で栽培されているという。
ハスは平和の象徴
ハス池を離れながらGoogleマップを開くと、園内に気になる場所を見つけた。日清戦争以降の戦没者の追悼と、恒久平和を祈念して建てられたという忠霊塔である。
公園の一角、小高くなった広場の先に荘厳な塔の姿があった。多くの人で賑わうハス池と違って、あたりはひっそりと静まり返っている。広場の傍には、シベリア抑留で命を落とした方々や、少年飛行兵の慰霊碑などもあった。
大賀博士は被爆地広島にもハスを贈りつつ、「蓮は平和の象徴なり」という言葉を遺した。
日本はまもなく79回目の終戦記念日を迎える。この夏、美しいハスの花を眺めながら、あらためて平和の尊さに想いを巡らせてみてもよいかもしれない。
文・写真=飯尾佳央
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