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「ひととき」の特集紹介

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旅の月刊誌「ひととき」の特集の一部をお読みいただけます。
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記事一覧

美酒の宝庫・石川で能登杜氏に出会う|[特集]未来へわたす 石川の酒

能登流を受け継ぐ杜氏の仕事 石川県の北端、日本海に突き出した能登半島の冬は寒く、厳しい。風が吹き、雪が降る。農作業や漁ができないその時期、男たちは出稼ぎに出た。  酒蔵で働く者も多かった。一冬、蔵で集団生活をしながら酒を造るのだ。彼らはやがて酒造技術を蓄積し、江戸時代から「能登衆」と呼ばれる技能集団とみなされるようになる。 「能登はやさしや土までも」という言葉のように、この地で暮らすひとたちの温和で、忍耐強いとされる気質が、酒造りに合っていたのだろうか。  明治に入って

未来へわたす石川の酒──「ひととき」2025年3月号特集のご紹介

2024年、ユネスコの無形文化遺産に登録された日本の伝統的酒造り。日本全国で醸される酒は、風土や暮らしと結びつき、独自の味わいを受け継ぎ、また進化させてきました。日本四大杜氏に数えられる能登杜氏を擁する、美酒の宝庫・石川県。酒造りに適した寒冷な気候と、霊峰白山をはじめとする山々からの豊かな水の恵みがあり、磨き上げられた杜氏の技術と、蔵人の情熱がそそがれた酒は国内外から愛されています。 能登半島地震から約1年――。県内外の酒蔵が手を取り合い、つながれた石川の酒造り。石川県各地の

俳優・片桐はいりさんが語るミニシアターへの想い「味噌蔵みたいな映画館が好き」

 旅先で私は真っ先に映画館を探します。下準備もせずに知らないまちに行っても、小さな映画館が見つけられれば、もう「オールOK」。だって、そこに行けば確実に映画好きの人がいて、映画の話ができるんですから。「今どんな映画上映してるんですか?」から始まって「この辺でおいしい店ない?」「どこか面白いとこがあったら教えて」などと会話しているうちに、その土地のことが全部わかった気になっちゃう。シネコンだと、こんな私の”不規則質問”にはなかなか付き合ってもらえませんが、ミニシアターなら、多少

作家・川内有緒さんが巡る京阪神のミニシアター[京都・出町座篇]

 中学生の頃、友人たちと映画館に「グーニーズ」(リチャード・ドナー監督)を観にいった。子どもたちが冒険し、宝船を見つける。その勇姿に興奮した私たちは、もう1回観ようと席に残った。当時は入れ替えがなく、何度でも映画が観られた。  2度目のエンドロールが流れる頃には、すっかり映画の魔法にかかっていた。「グーニーズ」を超える冒険大作を作ろう! と決意した私は脚本と監督を担当。カメラを回すのは同級生。子どもたちは、四次元世界を冒険し、立派に仲間を救った。めでたし、めでたし! 完成し

作家・川内有緒さんが巡る 京阪神のミニシアター ──「ひととき」2025年2月号特集のご紹介

志を持った作り手によるキラリと光る名作や、現代社会を映し出すドキュメンタリー作品など小規模ながら独自の視点で選んだ多様な映画を上映するミニシアター。いつでもどこでも気軽に映画が観られる時代、地域に根ざしたミニシアターでの映画体験には、どんな魅力があるのでしょう。作家で映画監督でもある川内有緒さんが、京阪神の「映画館のあるまち」を旅します。 <特集担当より> 本特集の旅人で筆者でもある川内有緒さんは、2021年10月号から2023年10月号までの2年間にわたり、「ひととき」で

骨董屋が語る、京都と骨董をめぐるお話|[特集]新春古都骨董探検

一、実際に「使える」骨董が、心を満たしてくれる 骨董に傾倒していく要素として、自らの経験を思い出してみると「使える」ということが大きかった。  江戸時代の器を日常生活に取り入れるという、日本の骨董界では当たり前のことが、世界の骨董、アンティーク界ではあまり当たり前のことでは無いのである。  欧米では家庭に代々伝わる食器や銀器のセットを来客時に使う、これは経験したことがある。  アジア諸国では、近年の経済発展で、中国茶器や器類の骨董を使う動きが出てきているが、私が旅行をし

磯田道史さんの京都・骨董流儀|[特集]新春古都骨董探検 

蓮月の「月」は鋭くハネる 磯田道史さんといえば、臨場感あふれる歴史語りで知られる人気の史学博士。出身は慶應義塾大学ながら、京都での学生経験もあり、馴染みの骨董商もあちこちに。  当時から博識のほどは有名で、磯田青年が史料探しに通りを歩いていると、それを見かけた店主が「磯田さんや、呼びこんで」と店員に言いつける。声をかけられ付いていくと、店の奥からおもむろにお茶、お菓子。そのうち「これ、読めますか?」と難読の掛軸や巻子が出てきて読まされることも度々だった。  そんな磯田さん

新春古都骨董探検(案内人:磯田道史さん)──「ひととき」2025年1月号特集のご紹介

新門前通、古門前通、寺町通などに個性ある古美術店が軒を連ねる京都。格調ある老舗から新進気鋭の若手店主の店まで、その数は100軒以上あるといわれています。今回の特集では、比較的気軽に入れる店から、なかなか足を踏み入れにくい古美術の老舗までご紹介。原史料を求めて骨董商をめぐることにも熱心という磯田道史さんを旅人に迎え、歴史学者の視点での骨董探訪をナビゲートしていただきます。骨董屋さんによる初心者向けの解説や、市内各地で毎月開催される骨董市の情報なども、ぜひお楽しみに。 <特集担

中原中也の青春時代が、スクリーンで甦る──映画監督・根岸吉太郎さん、かく語りき|[特集]山口、天才詩人の故郷

「幻の脚本」の存在 脚本家・田中陽造さんが、「ゆきてかへらぬ」というシナリオをお書きになったのは、かれこれ40年以上前です。大正時代、当時駆け出しの女優だった実在の人物・長谷川泰子を主人公に、詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄との三角関係を描いたシナリオで、多くの映画監督たちが映像化したいと名乗りを上げつつ、長年実現できずにいた幻の脚本でした。僕と田中さんは、16年前に「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」を共に制作したというご縁がありました。これほど素晴らしいシナリオを、日の

彗星のごとく駆け抜けた詩人・中原中也の旅路|[特集]山口、天才詩人の故郷

 中原中也記念館は生家の跡地に立っている。モダンでシンプルな2階建てだ。館長の中原豊さんは、おそらく会う人ごとに尋ねられ、何度もこう答えたのだろう。「中原といっても、中也とは血縁関係はないんです」と、静かに笑みを浮かべた。  訪ねた日は特別企画展「中也とランボー、ヴェルレーヌ」を開催中だった。フランスの詩人ランボーは、15歳で詩作をはじめ、天才といわれながら20歳の頃には詩を離れる。それから各地を放浪し30代で逝く。「風の靴を履いた男」と称したのはヴェルレーヌで、中也はこの

山口、天才詩人の故郷 在りし日の中原中也──「ひととき」2024年12月号特集のご紹介

日本の近代文学史に大きな足跡を残した詩人・中原中也──。30歳で夭折した彼が16歳を迎える春まで過ごしたのは、山陽路随一の温泉郷として栄えた山口市湯田温泉でした。詩歌書専門の古書店主でエッセイストの内堀弘さんが、生家跡に立つ中原中也記念館をはじめ、ゆかりのスポットを巡ります。今日に残る貴重な資料を足掛かりに、彗星のごとく駆け抜けた中也の生きざまに光を当てます。 <特集担当より> ご執筆いただいた内堀弘さんは、詩歌書専門の古書店主という職業柄、中也にまつわる資料に対する解像度

作家・澤田瞳子さんと、人に寄り添う美しき観音像を訪ねて|[特集]湖北、観音の里へ(滋賀県長浜市)

仏像巡りの前に訪れたい、高月観音の里歴史民俗資料館 林の間をするすると一直線に上るリフトを降りて、土の道を進むと、標高421メートルの賤ヶ岳の山頂に着いた。眼下には、濃い緑の山々と広大な琵琶湖。水面にはさざ波が立っている。竹生島は見えるが、対岸はかすんでいて見えない。古代の人々は「淡海(近江)」と呼んだ。右手には「鏡湖」といわれる余呉湖が青く輝いている。戦国時代、ここが激戦の場だったとは信じられないほど、静かで穏やかな風景だ。  琵琶湖の北、湖北地域は、畿内と東海、北陸を結

[高山祭]江戸期のスーパー彫刻家!谷口与鹿の超絶技巧(飛騨高山)

 谷口与鹿の彫刻家人生は15歳のころ受けた衝撃によって始まったという。すぐに花開いて、生き急ぐように駆け抜け、43歳という早過ぎる年齢で世を去る。その間に多くの不朽の名作が残された。  19世紀前半、山王祭の屋台・五台山に諏訪の宮大工、立川和四郎の彫刻が登場し、一気に高山祭の「屋台の彫刻」が進んでいくことになるのだが、その新鮮な美術に心を奪われたのが与鹿少年だった。高山の宮大工の家に生まれ、幼いときからそうした環境で育った少年は彫刻に夢中になる。並々ならぬ素質があったのだろ

[高山祭]絢爛な祭屋台が生まれたワケ(飛騨高山)

 高山駅に降り立ち、表に出たとたん清々しい気分に満たされたのは、縦横に走る道路のためだ。定規をあてたように端然としている。道の目指す先の空には山々の緑。駅を背にして歩きはじめた歩幅は、いつもより広くなっていただろう。  朝日が道を照らしている。老紳士が散歩の途中か、さりげなくゴミを拾っている。 「しばらく家族みんなで留守している仲よしの家の前なのでね、戻ったとき汚れとったら気の毒やから」と笑う。  あいさつして別れ、さらに歩くと市内の中央を流れる宮川が見えてくる。穏やか