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394 読了『ウは宇宙船のウ』(レイ・ブラッドベリ著、大西尹明訳)
若者向け著者自選の古典的短編集
『ウは宇宙船のウ【新版】』(レイ・ブラッドベリ著、大西尹明訳)を読み終えた。全体にレトリックを駆使したファンタジー性の強い作品が多い。科学的なことを強調せず情緒を大事にしている。子どもあるいは子ども心を強く意識した作品群。この短編集は著者自薦でヤングアダルト向けを意識したらしい。
ぼくがこの本を捧げるのは、“過去”に驚嘆し、”現在”を駆け抜け、ぼくらの“未来”に高遠な希望を持つ、あらゆる男の子たちである。
1962年の「はしがき」なので当時は女の子はSFを読まないという偏見があったのだろう。そのほか、本文中もあくまでも当時の物の見方をしている部分があるため、かえって私たちにはわかりにくい点もあることを前提に読むことになる。つまりこの作品は「古典」なのだ。
SFといってもいにしえのSF世界観なので、レトロフューチャーな楽しみ方もあるだろう。とはいえ、情緒的で詩的な作品群なので、古さを感じない部分の方が多い。その意味でこの作品群全体が「タイム・マシン」だ。もちろん、どんな年齢、どんな性別の人も楽しんでいい作品だ。
また、原著にある一篇「アンクル・エナー」は『十月はたそがれの国』に収録されている。次はそれを読むことになるだろう。
印象に残った作品
冒頭の『「う」は宇宙船の略号さ』と巻末の「駆けまわる夏の足音」は、いかにもブラッドベリらしさにあふれた作品だ。ここにあるのは明確な意味でのストーリーではなく、ある瞬間を切り取ったような、遙か昔の自分の子どもの頃を思い起こさせるようなエピソードとして読むこともできる。
もちろん、作品の多くは起承転結のストーリーを持つけれど、最後の一行ですべてがひっくり返るようなタイプの作品ではない。私は「承転」のあたりをいつも「道中」と考えている。「起」から「結」へ導く間は、著者と読者のボヤボヤと彷徨うような楽しい道中である。読者は「それどういう意味?」とか「いったいどうなるの?」といった思いを抱きつつ、著者からは「そう焦るなよ」とか「こういう部分も汲み取って欲しいんだよなあ」といった投げかけを受けながら「結」へ進んで行く。この道中のおもしろさ。
その時、作品中の人物たちもまた、ボヤボヤといろいろなことを思いつつ終わりへと歩いて行く。一緒にいてくれる。
「この地には虎数頭おれり」はその典型で、第八十四恒星系第七惑星に到達した宇宙船。その乗組員たちの体験を記している。この手の作品だと、最後に強烈なオチをつけたくなる。あるいは期待してしまう。しかしブラッドベリはそういうことはしない。それでいて、読者に穏やかな満足感を与えてくれる。「こういうことなんだけど、あなたならどう思う? もしこんなことになったらどうする?」と投げかけてくる。さあ、自分ならどうするだろう。振り切って出発するか。あるいは留まるか。読む者にその問いを残して終えていく。
「霜と炎」は比較的長めの作品だ。文字数の多さだけではなく、この作品の大半が息の詰まりそうな特殊な環境を描いているから、余計に長く感じるのかもしれない。そのあげく最後の数行の唐突とも言える明るさに、読み手は「本当か?」と思わず疑いを持つ。
疑いは、作品群全体に言える。読み手が疑うだけではなく、書き手も疑っている。登場人物たちも疑っている。それが見事に解消されることもあれば、読む側に植え付けられて疑い続けるしかない場合もある。その多くは、恐らく私たちがいま2000年代に生きてるからこそなのだ。
私たちは多くのストーリーを知りすぎてしまった。さらにコスパやタイパを重視し過ぎてしまった。だから、その視点からだけで本書を読まない方がいい。その点は古典に共通しているリテラシーだ。
地球温暖化、再生可能エネルギー、SDGs、ジェンダー、差別、グローバル経済といった私たちを取り巻くいまの環境は、この作品の当時はずっと抑圧されていたし顕在化せず考慮されていなかったに違いなく、あからさまにそうしたものを描くわけがない。それは「タイム・マシン」に登場する人物たちに似ている。いつの間にかこの本は時空を超えている。あるいは私たちは過去から投げかけられた疑いに、正しく答えることはできるのかを問われている。
それにしてもブラッドベリのレトリックは特別で、中には容易に理解できない言い回しもあるが、それも含めて楽しく愛すべき作品集だ。
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