自分すらも知らずに撮られた写真の愛執を想う時。
自分が意図せずに収められる情報が好きだ。非意図的に切り取られる残像には自分の感情や思考が入ってない。
“あの日のこの時間であの時間で”というタグを付けてないのに勝手にログに残っているデータのバグ感は手癖のようでなんだか少し透け通ってる。
スクリーンショットができるデバイスを手にして、自分の故意ではないシャッターが切れることに喜びを感じたのを覚えてる。最初は面白いと思ってたけど、後々非意図性に基づいた人間の足跡感に愛おしさを覚えた。
デバイスの持ち主の記憶。
誰かが落としたデバイスのデータフォルダには、その人が撮り集めた記憶のカケラがあるだろう。その中に紛れ込んだ、誰の手を借りたでもなく勝手にシャッターが切られて収められた持ち主の生態が見える窓口。
そうか、いつかの日に自分で獲ったわけでもない虫かごの中に入ってきた昆虫に対する愛執と似ている気がするな。
HTTP404 の部屋とは真逆の原理で残されたもの。
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