【書評】特殊清掃の現場をたどる「超孤独死社会」 No.4
【はじめに】
こんにちは!今日も書評記事を書いてみました!ノンフィクションはあまり読まないのですが、この本は読まずにはいられませんでした・・・!
テーマは「孤独死」。とても、とても、とても重たいテーマです。テレビの向こうの世界、自分とは無縁の世界と正直思っていますが、この本を読んで、ああ、これは誰にとっても身近な問題で、何かのきっかけで自分ももしかしたら当事者になるかもしれない、と思ったものです。
日本は随分と暮らしやすい国です。清潔で民度も高くて豊かで。衣食住は最低限満ち足りており、生活保護の制度によって餓死することはめったにありません。
そんな豊かな国、日本の闇の部分の一つとして、今クローズアップされているのが、「超孤独死社会」です。
今日の書評記事では日本社会に確実に侵食し蝕んでいる、この「超孤独死社会」について私の考えも織り交ぜつつ、簡潔に書評していきたいと思います。この記事の読者が少しでも、どのように人と関わって生きていくのか、自身の幸せとは何か、それを考える材料となればよいと考えています。
特にこんな人にオススメです。
◆生きづらさを感じている人 ◆家族と疎遠になりつつある人 ◆現代社会における希薄な人間関係について関心のある人 ◆特殊清掃に興味がある人、またはビジネス参入を考えている人 ◆民生委員など、孤独死一歩手前の独居世帯の方と関わりのある人 ◆地域社会の担い手として活躍したいと思っている人
結論部分さえ読んでくだされば、この本の大枠がわかるようになっています。ということでいつものように先に結論から申し上げます。
【結論】
日本は孤独死年間3万人、孤立状態に置かれている人は推計で1000万人で10人に一人は孤独状態という無縁社会、超孤独死社会である。皮肉にも孤独死が増えれば、比例するように特殊清掃ビジネスの新規参入が後を絶たない。まさに孤独死特需である。
孤独死の8割はセルフネグレクト(自身の健康を悪化させる行為)が原因である。孤独死は65歳以上の高齢者だけではなく、現役世代も数多く、女性も一定数存在する。セルフネグレクトになるきっかけはパートナーとの死別、失業、失恋、子供の巣立ちなど様々で、誰しもがなり得るのである。
しかしその根幹は、人と人とのつながりの希薄さ、誰も自分に興味を持ってもらえない無縁社会、自分らしく振る舞うことができない生き辛さにある。孤独死する人の大半が家族と疎遠になっていて、特殊清掃費用など大家と金銭面でトラブルに発展することも絶えない。
孤独死の当事者になったり、遺族になるなどして、誰しもが「孤独死」は身近なものとなるだろう。この超孤独死社会の到来に対しての有効な処方箋はないが、この孤独死問題にもがきながらも、真っ向から立ち向かう人々も大勢おり、そこには希望が存在する。
構成は通りです。
1.特殊清掃ビジネスについて 2.セルフネグレクトについて 3.孤独死の現場で何が問題になっているか 4.誰しもが孤独死問題は身近な問題となっている(終わりに)
【1.特殊清掃ビジネスについて】
特殊清掃とは、ゴミ屋敷、猫屋敷、火事現場、孤独死の現場、自殺現場などでダメージを受けた部屋の、現状回復を手掛ける業務全般のことを言います。この特殊清掃業者が請け負う案件は、10件に9件は孤独死の現場だといいます。
民間資格である「事件現場特殊清掃士」の認定制度の施行が始まったのが2013年で、5年間でその数は15倍に膨らんでいるといいます。
実際の特殊清掃の現場は筆舌に尽くしがたいほどのグロテスクで凄惨です。画像や動画でも簡単に調べられますが、自身で確認するときは心の準備は必要です。著者の菅野さんは孤独死した現場を誇張して書かず、淡々とありのままに表現されています。特に94p、95pは読んでいても目を覆いたくなるくらいの悲惨すぎる内容でした(T_T)
皮肉なことに、孤独死の案件が増えている今、こうした特殊清掃ビジネスの新規参入が絶えず、孤独死特需がおきている、ということです。
【2.セルフネグレクトについて】
孤独死の8割がセルフネグレクト(自己放任)によるものだそうです。セルフネグレクトとはゴミを溜め込んだり、必要な食事を足らず、医療を拒否し、自身の健康を悪化させる行為です。また多くは部屋はゴミ屋敷となります。
65歳未満の現役世代も多数おり、男性が3/4、女性は1/4を占めます。きっかけは失業、パートナーとの死別や離別、失恋、子供の巣立ち、燃え尽き症候群など様々で、何らかの心の苦しみを抱いています。
彼らは根本的に孤独であり、生き辛さを感じ、自分の人生はこれでよかったのか、と葛藤しています。部屋はまさにその心模様を表しているといいます。
【3.孤独死の現場で何が問題になっているか】
ズバリ大きな問題は近隣住民とのトラブルと、金銭トラブルになります。孤独死すればどうしても異臭が立ち込め、非常に書きにくいのですが、孤独死して時間が経てば経つほど、被害は大きくなり、体液が下の階まで垂れてくることもあるそうです。(ひえええ(;_;))
ゴミ屋敷になれば近所とのトラブルに発展しやすいのも容易に想像がつきます。
また孤独死をした現場の現状回復のため、特殊清掃費用として100万円はゆうに超えることが多いです!この費用を誰が負担するのか?それは疎遠になった家族になることが多いといいます。孤独死した本人の遺産から支払われることは稀で、やり場のない怒りが特殊清掃員に向けられることも少なくないとか。
疎遠になった叔父さんがいて、いつの間にか孤独死をして、何十年も会っていないのに姪や甥に費用請求が来る、とイメージすると寝耳の水過ぎますね。
相続放棄をすれば管理会社や大家がその費用を負担します。また孤独死した部屋は事故物件となり、家賃収入が大幅に減り、経済的なダメージがかなり大きくなります。
またセルフネグレクトになった当事者がゴミをゴミと思っておらず、むしろゴミに囲まれた生活こそが心の安定になっていることが多い、というのも大きな問題だと感じました。近隣住民との摩擦がおきても、解決策が程遠すぎると・・・。
【4.誰しもが孤独死問題は身近な問題となっている】
今の日本社会は確かに生きるには困らないほど豊かな社会になったと思います。ですが実際はどうでしょう?生きやすくなったのでしょうか?
ストレスにさらされ、SNSにて比較して劣等感を抱きやすく、同調圧力によって自分らしく振る舞うことができず、生きづらくなっていないでしょうか?
社会や親に求められたよくわからない理想像を押し付けられ、自分の感情を表出できず、生きづらくなっていないでしょうか?
誰しもがセルフネグレクトに陥ることはあり得ると思ったものです。きっかけは些細なこと。この本は5章立てで、1章ごとに登場人物が出てくるのですが、結構優秀で立派な経歴を持ち、ふとしたことがきっかけでセルフネグレクトになっていく様が克明に書かれておりました。また彼らは家賃滞納はなく、きちんと支払っているのです。
中には家族とも疎遠になっておらず、仕事にも無断欠勤せず、介護福祉士として立派に勤め上げたセルフネグレクト者も書かれていました。(4章)
私も人生を振り返ると、一歩間違えればセルフネグレクトになっていたかもしれません。幸いにして私は大きな挫折をしたときも大切な友人に励まされ、立ち直らせてくれました。道を誤りそうになったときも叱ってくれたり、大きな病気をしたときも助けてくれました。本当に幸運なことです。
筆者が2018年12月に「30~40代がいずれ迎える『大量孤独死』の未来」を東洋経済オンラインにて載せたときの、ツイッターの反響が印象的だったといいます。
「これは、将来の自分」
こんなリプライが半数以上であり、誰もがこの時代、この日本では孤立感を抱え、孤独死に怯え、処方箋をほしがっていることに気づいたそうです。
筆者が正直に「有効な処方箋などない」と書いてあることもある意味新鮮でした。人の心の問題、無縁社会の問題の根の深さは1+1=2のように簡単に解ける問題ではありません。
孤独死の影に特殊清掃員が活躍している!孤独死一歩手前の人々におせっかいを焼いている人がいる!そんな事例も紹介しながら、日本を蝕む超孤独死社会を真っ向から立ち向かっている人がいるのは小さな希望だと私も思いました。
最後に・・・。介護を仕事にしている私に何ができるか?考えてみようと思いました。中にはこうしたセルフネグレクトに近い方も身近にいますから。人と人をつなげるどんな小さなことでもよいからお手伝いができれば。そう思いました。かつて自分が助けられたように、手を差し伸べられる存在になれたら・・・。
以上要約でした!拙い要約だったと思いますが、何か少しでも考えるきっかけになれば幸いです。ノンフィクション本としてはかなり良書の部類に入ると個人的には思います。興味がわきましたらぜひ一度手にとって読んでみてください。ここまで読んでいただき、ありがとうございました!