2021年のキーワードは「ピボット」になる
世界に知られる企業も「ピボット」していた
首都圏など一部地域に再び緊急事態宣言が発令されました。コロナの騒動が始まった頃から、簡単には終わりにはならない、と言ってきましたが、残念なことに予想は当たってしまいました。
コロナが日本で大きな問題になってはや1年以上になります。この間にたくさんのことを見聞きして、改めて今、組織や個人が生きていくための重要なキーワードがひとつ見えてきたと僕は感じています。それが「ピボット」です。日本語でいえば、「変わっていく力」です。
これまでベンチャー界隈では、「ピボット」という言葉はよく使われてきました。立ち上げた事業がうまくいかなくなりそうなとき、方向転換や路線変更をする、という意味です。そしてぜひ知っていただきたいのは、ポジティブな意味で使われているということです。
ビジネスは、そんなに簡単なものではありません。有望だと思って立ち上げてみたら、残念ながら考えていたようにはならなかった、ということは大いにありえることです。にもかかわらず、立ち上げた事業だから、とこだわっていたら会社は立ちゆかなくなってしまいます。
そこで、持っているリソースを見極めて、事業を新しい方向にシフトさせていく。新しい取り組みを模索していく。まったく異なる方向にすら踏み込んでしまう。これが、「ピボット」です。実際、今や世界に知られる企業も創業時はまったく違う事業からスタートしていたという例がたくさんあります。
コロナで急成長したSlackはもともとゲームの会社でしたし、YouTubeはデータ市場をターゲットにした動画サイト、インスタグラムも別事業からピボットしたことがよく知られています。
日本の会社でも、任天堂は花札の会社でしたし、ユニクロは紳士服ショップ、DeNAはオークション、ソフトバンクはパソコン用ソフトの流通販売の会社でした。時間をかけつつも方向性を定め、そこから大きく「ピボット」して今があるのです。
「ピボット」しなければいけない時代が来ている
コロナがやってきて、実は僕は周囲でたくさんの「ピボット」を見てきました。すばやくECにシフトすることでコロナの真っ最中に過去最高の業績を上げたFrancfrancや、高級焼き鳥店が焼台と鶏肉をセットで販売する新しい形の体験型お取り寄せを展開し1万セットを販売したベランディング鳥幸は、象徴的な例でしょう。
そしてコロナ禍がさらにひどくなっていく中、僕が感じているのは、多くの業界がピボットしなければいけなくなっているということです。同時に、多くの個人もピボットしたほうがいい時代が来ているのです。
これまでにも、予期せぬ事態に見舞われて、ピボットを余儀なくされた業界があります。例えば、音楽業界がそうでしょう。過去、収益の中心はCDの販売でした。ところが、インターネットの登場でCDが売れなくなってしまった。
やがて音楽業界の収益の柱は、ライブであり、グッズの販売であり、ファンクラブの運営になっていきます。そしてコロナがやってくると、オンラインを使ったビジネスへと、再びピボットを求められてきています。
市場が蒸発してしまったフィルムの世界で起きたこと
ソフト産業だけではありません。例えば、写真。かつて写真はカメラを使って銀塩フィルムで撮るのが当たり前でした。ところが、デジタルカメラの登場によって、フィルムはいらなくなってしまった。フィルム業界は、とんでもない市場のシュリンクを経験することになります。
国内トップの富士フイルムの写真フイルムの売り上げは、ピーク時に約2700億円だったものが、10年経たずに750億円と4分の1になりました。年率20%〜30%の勢いで市場が縮小し、世界の総需要はかつての10分の1にまで落ち込んでしまったのです。
ここから富士フイルムは大きな「ピボット」を行い、多角化とデジタル化によって後に史上最高の業績を打ち立てていくことになります。「ピボット」を果たせず、倒産してしまったイーストマンコダックとの対比は、よく語られるところです。
写真の世界では、大手のみならず、小さな会社もピボットに挑んでいました。僕が知っているのは、使い捨てカメラのフィルムを巻き上げるためのバネを作っていた会社です。使い捨てカメラも市場が急激にシュリンクし、蒸発してしまいます。売り上げは一時、ゼロになったそうです。
ところが、このバネの技術を文房具に応用。今やボールペン領域で世界シェアトップにまでなっています。これも見事な実例です。
個人も「ピボット」しないといけない
コロナがやってきて、再びの緊急事態宣言に見舞われて、最も大きなダメージを被ったのは、飲食業界だと思います。僕自身、飲食の世界にたくさん関わってきましたし、豊かな暮らしには欠かせない存在だと思っています。
しかし、CDが売れなくなったように、フィルムカメラ市場がシュリンクしてしまったように、世の中は何が起こるかわかりません。そして起きてしまったことに対して、抗うことは難しい。現実を受け止めざるを得ないのです。
多くの人が待っているのが、コロナ前の世界に戻ることです。しかし、僕は元に戻ることは極めて難しいと思ってきました。実際、変異種が出てきているし、この先、別のウイルスが出てくるかもしれない。
今、やらなければならないことは、コロナは終息しないかもしれない、という覚悟のものとで、思い切った「ピボット」に挑むことだと思うのです。それが新しい可能性を生んでくれる。これから求められてくるのは、この「ピボット」力なのです。
そしてこれは、個人も同じです。コロナでわかったことは、もはや過去の常識は通用しなくなった、ということです。例えば、いったい誰が、これほどまでの世界的な航空業界の危機を予想できたでしょうか。
コロナの問題だけではありません。デジタル技術の浸透で、かつては安定の代名詞だった金融はじめ、さまざまな業界に大きな影響が出てきている。電気自動車が広がれば、日本が世界に誇る自動車産業だって絶対に安泰と言えるかどうか。
「ピボット」活用で稀少なキャリアを作る
これまで日本では、ひとつの会社で直線的なキャリアを築いていくことが理想のように言われてきました。確実にポストも給料も上がり、定年まで勤め上げることができる。しかし、そうでないキャリアの築き方で成功する個人が次々に現れています。
むしろ、会社が揺らいでしまったり、中高年になってからリストラの脅威にさらされることを考えると、直線的キャリアを築くことのほうが危険であることも見えてきています。
そして、うまくキャリアを築いた人の中には、「ピボット」を活用した人が少なくないのです。思い切ったキャリアに踏み出してしまう。まったく異端の領域とのつながりを得る。
それこそ、スティーブ・ジョブズだって、キャリアにまったく関係のないカリグラフィー(書法)の世界に興味を持ったことが、Macが美しいフォントを採用するきっかけにつながったと言われています。
思い切った「ピボット」によって得たものが、やがて思わぬところで別の点とつながり、他にはない稀少なキャリア、稀少な経験、稀少なアイデアへとつながっていくかもしれない。
変化の時代には、直線的ではない、いろいろな広がりを得ているほうが大きなパワーになるのです。「ピボット」は、これからのキャリアに大きな可能性を作ってくれるということです。
不確実性がますます高まる時代。2021年は「ピボット」という言葉を、ぜひ頭に入れておいてもらえたら、と思います。
本田直之
(Text by 上阪徹)
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