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ショートショート 夏と蛍と探偵ごっこ。


「私はこれから、はっきゃけのカレーラーメンを食べに行きます」
 蛍は、何かの決意を表明するか如く、声高らかに宣言した。私は、少しギョっとする。
 4人で、プールに行った帰り道だった。みんなで行こう、じゃない事に違和感を感じる。
「カレーラーメン?」
桜子が、不思議そうに訊ねた。少し抜けている彼女は、この違和感を感じてられているのだろうか。
「そうなの!昨日の夜から決まってたの!」
 蛍は、よくぞ聞いてくれたとばかりに目を輝かせた。運命がそうさせているんだ、と言わんばかりの物言いに苦笑する。
 聞けば、蛍は最近はっちゃけのカレーラーメンに凝っているらしく、足繁く通っているとの事だった。おそらく、みんなで行きたいと言い出せなかったのではないか、と推測してみる。彼女は、変な所で遠慮をする。
私が蛍を問いただすと、ビンゴだった様で彼女はシュンと下を向く。だってー、と口惜しそうに唇を尖らせる。蛍は、可愛いので好きだった。
「じゃあ、みんなで行く?」
 と今まで黙っていた雪が、提案する。
「そうしよー!」
 と桜子が元気に同意した。浮かれない顔をしていたのだろうか。楓は?と心配そうに訊ねてくる桜子に、笑顔でOKを出す。
 蛍の方を見ると、満足そうにニヤついていた。やっぱり彼女は可愛い、私はそう思った。

 お店はさほど混んではいなかったが、案内された席は4人分の料理を並べるには少し狭く感じた。
「ちょっと狭いね」
 と私と同じ感想を抱いた蛍は、すぐに言葉にした。
「すみませんねぇ、狭くて」と水を持ってきてくれた店員さんに謝られてしまった彼女は、
「とんでもございません、結構なお席で」と背筋を伸ばして頭を下げている。雪が、頭を小突いた。
 店員さんは、初老のおばちゃんだった。この店の奥さんなのだろうか。このお店を仕切っている様な風格を感じた。
「お嬢ちゃん、いつもありがとうね」
と笑う店員さんに、
「ここのカレーラーメンが美味しくて」
と、蛍は満面の笑みで返す。破壊力満点だ、と褒めたたえたくなる。
「お嬢ちゃんだけだよ、そんな風に言ってくれるの」
 と嬉しそうな店員さんの一言に、一抹の不安を覚える。

「で、最近どうなのよ彼の方は」
 夢中で、ラーメンを啜っていた蛍に雪が問いかける。
 カレーラーメンは別段美味しいとは思わず、味に飽きかけていた頃だったので、私にはちょうどいい話題提供だった。サービスの大盛りが、徐々にダメージを蓄積していった。
 「今度デート行くんだー」
 嬉しそうな蛍は、名残惜しそうに箸を止めた。よほど美味しいのだろうか、私には分からなかった。蛍は、いつでもよく分からないものを好きになった。
「はよ、言えや」
 気だるそうに突っ込む雪に、蛍は「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。私は、雪は煙草が似合いそうだな、と勝手な感想を抱く。雪の器をちらりと覗くが、こちらは殆ど減っていないように見受けられた。やっぱりそうか、と内心少し嬉しくなる。
「良かったじゃん!!服とか一緒に選ぼうね!」
 呑気に喜ぶ桜子を尻目に、私は雪と顔を見合わせる。少し心配な事があったのだが、今は目の前のラーメンを憂うべきだと、目で会話をした。
 大盛りサービスしてくれたのだから、残すべきではなかった。私は、麺を口に流し込んだ。

小説 夏と蛍と探偵ごっこ より。

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