『シンプルな情熱』

一昨年のノーベル文学賞をとった
フランスの小説家を知った。
アニー・エルノー、84歳。
何を読もうかなと目に入ったのが、
『シンプルな情熱 PASSION SIMPLE』。*

読み出したらどこにでもある
妻のある男との不倫話である。
彼女の小説は自伝的といわれるから、
自分の不倫を物語にしたのだろう。
淡々とした文章で面白味がない。

ところが読み進めるうちに
この淡々さが普通ではないのだ。
男がいつ来るかと待つ女心、
いつ捨てられてしまうかという不安、
男にのめり込んだ女の熱情。

極限までそぎ落とした文章は
どこにもセンチメンタルがない。
よくある不倫の憐れみもなく、
男に翻弄されながらも
覚醒した女性の客観性もある。

こんな不倫小説を書ける作家、
人生も文筆も並大抵の経験が
なければならぬと感じる。
貧しい労働者の家に育ち、
若い頃には堕胎も体験している。

その経験を小説にしてきた。
とつとつと一人称で書くスタイル。
これまでどこにもなかった
希有なスタイルではなかろうか。
ノーベル文学賞授賞に納得した。

*『シンプルな情熱』はepi文庫、翻訳は堀茂樹。個人的にはタイトルは『シンプルな熱情』と訳して欲しかったかな。理由は「熱情」と訳せば「恋」の話だと思えるから。