『四百字のデッサン』

日本の洋画家、抽象画の大家、
野見山暁二先生の絵画も凄いが、
随筆が面白いと言われてきた。
先生が102歳でお亡くなりになり、
これはもう先生の随筆を読まなきゃ、
お悔やみにもならないと痛感した。

先生はたくさんの本を執筆していて、
どれから読もうか迷ったのだけれど、
最初の方の随筆『四百字のデッサン』、
エッセイストクラブ賞受賞作を読んだ。
先生が子供の頃に福岡で出会った人物、
パリで知り合った日本人のことなど。

その最初がパリで一世を風靡した画家、
藤田嗣治との思い出を先生は描いた。
戦争画の傍らに立つ藤田の哀れな姿、
戦争に協力したとして非難され、
日本に戻れずにフランスに帰化した。
しかしどこまでも日本を愛していた。

そんな藤田嗣治を野見山先生は
画家の眼で鋭く観察して文章に表す。
先輩で成功した藤田を憐れむのでもなく、
優しく労るのでもなく温かく見るのでもなく、
落ち着いた冷静な目で藤田を見つめている。
ひとりの人間同士として対峙している。

そうした観察眼から察する人の気持ち、
心の有り様まで先生はお見通しである。
感服してしまうが文章がまた素晴らしい。
それは椎名其二や森有正、小川国夫、
坂本繁二郎、駒井哲郎などを描くにも
明確に表されているのである。

優れた画家は優れた眼を持ち、
優れた絵を描くだけでなく、
優れた文章まで書くことができる。
それを思い知った四百字である。
先生の魂の絵を見ながら、さらに
先生の本を読み進めていきたい。