聖なる酒場の歌
バーテンダーのビリーが
酔いどれ探偵のマットにかけた曲は
デイヴ・ヴァン・ロンクの
『ラストコール』だった。
ボブ・ディランが憧れた
しわがれ声の男の嘆きの歌だ。
♬ あの日、俺は悲しみに暮れた
だけど、明日には癒えるだろう
生まれたときに酒に酔っていたなら
悲しみなんか知らずに済んだのに ♬
「聖なる酒場」で流れた曲を
自分のアパートで再びかけた。
「俺たちの国歌」だと言って
CDではなくレコードをかけた。
ステレオコンポのスピーカーから
伴奏なしのア・カペラが流れる。
♬ 最後の祝杯を俺らはあげるんだ
二度と口にはしない祝いの言葉で
粉々になれば楽になれると知る
賢い心に乾杯するとしよう ♬
マットはジャック・ダニエルを、
ビリーはジェムソン・アイリッシュを。
二人はグラスこそ合わせなかったが、
ハートでは乾杯したのだ。
ローレンス・ブロックの
『聖なる酒場の挽歌』の中で。