壁が友だち
僕が小さかった頃、
壁が友だちだったことがある。
父が友人の新居に招かれ、
仲良く話しているときだった。
大人たちの話がわからず、
会話に入ることができなかった。
何もすることがなく、
ひとりぼっちだった。
オモチャも本もなく、
遊ぶものは何もなかった。
同じ年頃の子もおらず、
話し相手もいなかった。
部屋の周囲を見渡すと
大きな硝子窓があり、
壁のほとんどは
家具で埋まっていた。
それでもテレビの横に
家具のない壁があった。
父親や友人たちから離れ
ひとり壁に向かって座った。
「こんにちは」と言うと
壁も「こんにちは」と言った。
自分の名前を言うと
壁も自分の名前を言った。
僕は壁と友だちになり、
壁にいろんな話をした。
自分の幼稚園のことや
自分の両親や姉のことなど。
壁は僕の話を聞いてくれた。
仕事や勉強で忙しくしている
父や母や姉が聞いてくれない
自分の話を聞いてくれたのだ。
嬉しかったし幸せだった。
楽しい時間が過ごせていた。
それなのに大人たちは僕を
変わった子だと思ったようだ。
可哀想な子だと思われたのか、
皆が僕に悲しい目を向けたからだ。