カーチュン・ウォン指揮、日本フィルハーモニー交響楽団「マーラー:交響曲第3番 ニ短調」_2023年10月14日
週末に私も、カーチュン・ウォン指揮の、日本フィルハーモニー交響楽団「マーラー:交響曲第3番 ニ短調」を聴いてきました!
もう色々なところで皆さんが絶賛の声をあげていらっしゃいますが、私も約100分が一瞬で過ぎ、一方で長い旅から帰ったような、豊かな感動を得ました。
タクトの振り方が非常に美しいカーチュン・ウォン氏は、本公演が日本フィルでの指揮者デビューとのことです。大編成のオーケストラは迫力があり、きめ細かいところまで徹底して音作りをされていたことも伝わる、ウォン氏の指揮だったように思います。
さて、私は「マーラー:交響曲第3番」を演奏会で聴くのは初めてでした。
「夏の朝の夢」と題された第1部は、まさに真夏の朝に、山の中腹にある森の中で目覚めたようでした。
聴いていると、かつて野原を駆け回った幼少期の記憶が蘇り、音楽の進行とともに野の花(第2楽章:野の花が私に語ること)、森の動物、人間が目に映り、視界が上がっていくのが分かりました。
普段は思い出さないような、小さなエピソードの断片が心の片隅に顔をのぞかせては流れてゆき、「ああ、色々なことがあったなあ」としみじみ。
第5楽章「天使が私に語ること」は、子どもたちの合唱が聴こえた頃には、その美しさに涙が溢れており、第6楽章「愛が私に語ること」では視界が天に向いて、命を閉じる瞬間について思いを馳せていました。
当然のことながら、私は未経験がゆえに人生の終焉を怖がっているけれど、もしかするとこんなふうに、神の愛に包まれる経験なのかもしれない。
曲の終わり頃に、オーケストラを包むように並んだ7人のシンバルが高らかに鳴り響いたとき、まるで天の扉が開いたような、筆舌にし尽しがたい多幸感に包まれていました。
私はカーチュン・ウォン氏と日本フィルに手が痛くなるほどの拍手を送りながら、
「死についての恐怖が消えると、今この瞬間への感謝と生きる力が満ち溢れる」と感じる、すばらしい演奏でした。
今後は、ウォン氏を色々と聴いていきたいです。
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