「屋根裏のラジャー」を観てきました!

彼の名はラジャー。
世界の誰にも、その姿は見えない。
なぜなら、ラジャーは愛をなくした少女の
想像の友だち《イマジナリ》。

しかし、イマジナリには運命があった。
人間に忘れられると、消えていく。
失意のラジャーがたどり着いたのは、
かつて人間に忘れさられた想像たちが
身を寄せ合って暮らす《イマジナリの町》だった―。

残されたのは無力な自分と、ひとりの少女の記憶だけ。
「屋根裏の誓い」の真実が明らかになる時、
ラジャーは、大切な人と家族の未来を懸けた
最期の冒険へと旅立っていく。

「屋根裏のラジャー」公式サイトより

 土曜日。家族水入らずの休日。娘の杏奈が、観たい映画があるという。「屋根裏のラジャー」とタイトルを聞いて、テレビのCMなんかでちらと目にした覚えがあった。これといった予定もなかったので、妻も誘って三人で、観に行くことにした。

 車を走らせて映画館のある商業施設まで行く。札幌市内はすっかり雪景色、とはいえちょっと前の凍りに凍った道よりは、雪を踏みしめて運転する方が気が楽だ。駐車場は休みの日らしく車でごった返していた。それは映画館でも同じこと、たくさんの家族連れやカップルであふれている。娘の両の手を俺と妻とでつなぎながら、その睦まじい雰囲気の館内を歩いた。映画の半券を三人ぶん購って、すると杏奈がポップコーンを食べたいと言うので、キャラメル味のSサイズを買った。手渡すやいなや食べ始める。俺に似て大食いなのだ。上映まではまだ間があった。食べ方が汚いとたしなめる妻を横目に、俺は「屋根裏のラジャー」の公式サイトで、どんな内容なのか予習しようと思った。調べてみる。どうやらヒロインの女の子とそのイマジナリーフレンド――イマジナリを主人公にした冒険譚みたいだった。敵役にはおじさんの風貌をした謎の男、どうやら彼は他の子供たちのイマジナリを食らい、自分のイマジナリを生きながらえさせているらしい。いい年をしたおじさんが幻想にとらわれて、現実にはありもしないものにすがっている。寂しい気がした。「何見てるの?」妻が訊いてきた。俺は公式サイトの、その敵役の説明をした。哀しい男らしいね、と俺は言った。妻は何も言わなかった。杏奈はもうポップコーンの半分もたいらげてしまっていた。

 開場時間になって、三人で連れ立ってシアターに入る。俺たちのような家族連れがほとんどだった。杏奈を真ん中に、劇場の最後尾に座った。映画予告などを経て、そして本編が始まった。

 当初に予想していた冒険譚、とは少し違っていた。じっさいは家族の話だった。ヒロインがイマジナリを生み出した経緯が明らかになるところで、俺はどうしようもなく泣いた。ちらりと横を見ると、杏奈は平気な顔をしている。そのもう一つ隣の妻は、俺と同じように鼻をすんすんすすっていて、絵柄こそ子供向けだったけど、大人が見ても、いや、大人だからこそさまざまに細部を想像して涙を流さずにいられない、良い映画だった。妻とふいに目が合う。泣きっぱなしの俺を案じてか、杏奈の肩越しにハンカチを渡してくれた。俺は快く受け取って、涙を拭いた。最後の最後までハンカチが入り用だった。

 二時間たっぷり映画を堪能して、ポップコーンの空き箱を捨てて、映画館を出る。ちょうど昼時だった。どこかで食べていきましょうよ。妻が言って、久々の外食に杏奈もはしゃいだ。思えば最近家族みんなでどこかに外に行くことが少なかった。

 併設されているチェーンのファミレスに足を向ける。ランチセットを三つ。杏奈がパフェを食べたいと言った。甘いものばっかり食べて太っちゃうよと妻がくぎを刺す。まあたまにはいいじゃないかと、俺はチョコレートサンデーも注文した。妻も強いては止めなかった。娘の笑顔を見てほだされたのかもしれない。

 思えば最近は仕事仕事で家族と一緒に過ごせる時間が少なかった。罪滅ぼし、というわけじゃないが、こういう家族の団欒を、俺は大切にしたいと思った。きっかけが映画なのがすこし安っぽいだろうか。口周りをクリームまみれにする杏奈を俺はいとおしく眺めた。その隣に座る妻も。こんな時間がこれからずっと続けばいい。そんなことを祈った。

 みんな食べ終わって、俺はお小水に向かった。済ませて、洗面所で手を拭く。コロナ以来、どこの商業施設の手拭き場もなくなってしまったのは難儀だ。俺はさっき映画のときに借りて返しそびれていた妻のハンカチを探した。けれどどこにもない。胸ポケットに入れていたはずなのに。そう想像したら出てきた。よかった。俺は手を拭いて妻と杏奈のもとに向かった。二人とも着替えを済ませている。俺は伝票を手にして会計をする。おなかいっぱい! と杏奈が満足げに言うのを背で聞いた。

「帰ろうか」と俺は言った。みんな笑った。
                              (了)

 

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