是枝裕和著『雲は答えなかった 高級官僚 その生と死』を、東日本大震災10年目のいま読むこと。
自分が関わった初の「是枝裕和監督本」は、『雲は答えなかった 高級官僚 その生と死』でした。3.11──東日本大震災から10年目のいま、ぜひ読んでほしいです。その理由は……
【2014年3月10日のblogより】
これは是枝監督初のドキュメンタリー『しかし…福祉切り捨ての時代に』(フジテレビ「NONFIX」1991年3月)の放送後に監督自身がさらなる取材を試み、29歳で執筆したノンフィクション『しかし…ある福祉高級官僚死への軌跡』を再刊したものだ。
内容は──自身の良心と、職責との板挟みの末の悲劇……。1990年、水俣病訴訟を担当する官僚の自殺はそう報じられた。だが妻の証言、彼の歩みを辿るうち、見えざる面が浮かび上がってきた。なぜ彼は、詩に「しかし」の言葉を刻み、「雲は答えなかった」との結論に至ったのか。その生と死は何を問いかけるのか。若き日の是枝裕和監督が描いた渾身のノンフィクション。
2001年6月、『しかし…ある福祉高級官僚 死への軌跡』は『官僚はなぜ死を選んだのか 現実と理想の間で』というタイトルで文庫化された。
私はその本を発売後まもなく、羽田空港の書店で買い、飛行機のなかで読みはじめた。本は熊本県水俣市に環境庁関係者一行が向かうところから始まる。自分が乗っていた飛行機は熊本行きだったので、そのちょっとした偶然に胸が騒いだ。
社会派ノンフィクションではある。まず、水俣病というものとその患者たちが国とチッソという企業によってどのように「扱われて」いったのか、ひとりの福祉高級官僚の歩みを軸にその流れを追っている。
しかし、さらに惹き付けられたのは、その高級官僚である山内豊徳さんと妻・知子さんの「一組の夫婦の物語」であり、夫を自死という形で失った妻がその後に紡いでゆく「グリーフワーク(喪の仕事)」そのものだった。それは、是枝監督がその後発表することになる豊かでせつなくて、さまざまな風景や思い出を想起させる"家族の映画"に通じていた。
これはのちに知ることになるのだが、是枝監督は当時このノンフィクションを書くにあたって、沢木耕太郎の『テロルの決算』やカポーティの『冷血』などにインスパイアされ、「ノンフィクションでありながら、読み物としておもしろいもの」を目指して書いたという。また、このドキュメンタリーを撮り、ノンフィクションを書いたあと、劇映画デビュー作となる『幻の光』を撮ることになるが、これは「グリーフワーク」というテーマが『幻の光』にも通底しているということで、企画が持ち込まれたそうだ。
私はその前年度(2000年)まで勤めていた雑誌『SWITCH』で是枝監督の日記形式のエッセイ『DISTANCE 〜映画が作られるまで』の担当編集をしていた。個人的な話ではあるが、29歳で編集者兼ライターをいったん辞め、ロンドン語学留学のための費用を稼ぐためにアルバイトをしていた自分にとって、是枝監督が29歳でこの本を書いたというのは本当にいろんな意味で衝撃だった。自分が今後どのように文章に関わっていけるのか、ということも含め、私はつたない本の感想を書き、是枝監督に送った。
時は過ぎ、昨年(2013年)秋、私は『官僚はなぜ死を選んだのか』を再読した。そして、前回読んだときと同じ衝撃や感動を覚えつつ、戦慄した。「国とチッソと水俣病患者」という三角形の構図が、そっくりそのまま「国と東電と福島の住人たち」という三角形の構図に重なったからだ。
私は3年目の3月11日に間に合うようにこの本が再刊できたら、と考えた。そこでPHP研究所の根本騎兄さんに読んでもらったところ、彼自身もこのノンフィクションにいたく心を揺さぶられたようで、社内で企画を通してくれた。
新しい解説を誰に書いてもらうかはすぐに思いついた。映画監督の想田和弘さん。是枝監督と同じくドキュメンタリー作品をいくつも撮っており、たぶん私が感じた三角形の構図を言わずもがなで感じるだろうし、また「取材」に関してもおもしろい考察をしてくれるのではないか、と考えた。そして届いた解説は、予想どおり明晰で思慮深く、かつ複雑な思いにあふれていた。PHPの根本さんも「僕が担当した解説で3本の指に入る素晴らしさ」と絶賛してくれた。
明日3月11日は東日本大震災から3年目となる。愛する日本という国が「水俣」から何も学ばずに「福島」が起きた、と考えると本当に哀しいし悔しいが、とにかくこのタイミングに間に合う形で再刊できたことを嬉しく思うし、多くの人に届くことを願っている。水俣病や福祉という社会的な側面以外に、組織とは何か、家族とは何か、ということについても深く考えさせてくれる本なので、ぜひ読んでいただけたらと思います。
表紙カバーデザインはniwa no niwaの三村漢さんにお願いしました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?