人生の最後の弱さを、「強さの証」と呼びたい
「人間は年齢を重ねたから老いるのではない。
理想をなくしたときに老いるのである」
あるアメリカの実業家の詩らしい。
現代は人生100年時代と言われ、
これから、健康寿命は伸びる一方だ。
企業の定年制も見直される動きが加速して、
就業できる年齢も伸びていく。
老年期と呼ばれる時期を、
「どう生きるか」というのは
今後多くの人にとって大きなテーマに
なっていくのだろう。
冒頭の詩は私にとって、
すごく勇気づけられる詩である。
人はいつまで理想を追いかけ、
情熱的に生きることができるのだろうか。
人生の終わりに、
「これでよかった」と思いたい。
今までの人生の先輩達の最後は
どうだったのか。
自分もいずれその時がやってくる。
そこでふと思うことがある。
私の祖父は、7人の孫に恵まれ、
なくなった。
最後に妻である祖母に
しわしわの手を握りながら
こういったらしい。
「ありがとう、幸せだったよ」
遺された者のエゴかもしれない。
でもきっと、そうだった、
幸せだったんだと思っている。
最愛の祖母に看取られて、
旅立ったんだと。
だから、自身もそんな
最後をぼんやりと想像した。
しかし、これはあまりにも
幸運が重なったことで起こること
なのではないか。
そんな幸運の源泉に気付かされたのは、
祖父の死後から20年以上が
経ってからだった。
2020年2月。
野村克也さんが天国に旅立たれた。
大人の方で、
プロ野球に興味がある方なら
説明不要な人物である。
選手としても、監督としても多大な
実績を残された野球人である。
死ぬことを考え始めたのは、
80歳を過ぎてからのことだった。
具体的に言えば、沙知代が
死んでからのことだった。
今ではいつでも死んでいいと考えている。
もうこれ以上長生きしたいとは思わない。
「これから、生きていていいことがあるのか」と考えてみる。
いくら考えても、何も頭に浮かばない。
逆に聞きたいよ、「何があるの?」って。
弱い男 野村克也 星海社新書より
野村監督
(敬意を込めてあえてそう呼ばせていただく)のこの本の言葉は、私にとって衝撃的だった。
現役選手としても、監督としての実績も
さることながら、著作は数え切れない。
私が巡り合った本だけでも、100冊以上ある。
勝負の厳しさや、その人生哲学は、
私だけでなく多くの人を惹きつけただろう。
間違いない。
そんな地位も名声も財産も
手に入れたはずの人が最後に書き残したもの。
今までたくさん出版されてきた、
野村監督のビジネスや自己啓発の
ジャンルの本とは
明らかに異なっている。
先程の引用は、
第5章の「老人は弱い」という部分からだ。
その他も救いようのないほどの悲観と、
諦観にあふれた言葉が並ぶ。
もう正直に言おう。
詳しくは本に書かれているが、
ここまで言われて、
もしご本人を目の前にしたら、
「長生きしてくださいね」
「まだまだいいことがありますよ」
そんなことは絶対に言えない。
そう思わせるほどの言葉が書き連ねてある。
80歳を超えてもなお、
切れ味するどい解説をテレビ
で繰り広げていた場面からは、
全く想像がつかなかった。
それほどエネルギッシュだったにも関わらず、急激に残酷なまでの、
強すぎる弱さを表すように
なったその背景は、本を読んでほしい。
冒頭の詩の話に戻る。
ここから学んだこと。
人は「ありたい姿」、その信念がついえたとき。急激にエネルギーが衰えていく。
80歳を超えたときの自分もそうなるのか。
全く想像がつかない。
こんなに最後は後ろ向きに
なってしまうものだろうか。
人生100年時代と呼ばれる中で、
自分はいつまで今の情熱を
持っていられるだろうか。
これが本当なら、
その年齢の半分も来ていない
自分ができることは何だろうか。
ありきたりだが、
「今を精一杯生きること」である。
このような諦観、悲観な気持ち
になってしまうことは
起こりうるのかもしれない。
人は老いることは避けられない。
だからこそ、今できることを精一杯取り組む。
そんな教訓を噛み締めながら、
本の最後に差し掛かる。
それは救いようのないものではなかった。
本の最後に書かれていたこと。
「もう、十分にいきたよ」
悔いはなかったんだろう。
幸せな最後だったんだろうと思わせてくれた。
数々の実績、多くの人にめぐりあい、
そして最後にこれだけの弱さを
さらけ出しても、
多くの人がその人生に共感している。
それだからこそ、野村監督が求めた
あるべき姿や強さが、
多くの野球人や私のような一般人ですら、
その記憶に留まり続けるのだろう。
最後に記した弱さも、
強さの証と思えるほどに。
もうすぐ野村監督が天国に旅立たれて、
1年が経とうとしている。
最近見た、プロ野球のキャンプ
情報を見て思い出した監督の言葉。
「財を残すは下、仕事の残すは中、
人を残すは上とする」
この言葉を、
これ以上表している写真はないだろう。
写真は、2019年7月12日 スポーツ報知より。
中心の野村監督の周りに写っているのは、
すべてかつて指導した教え子であり、
選手達である。
晩年のときのメモリアルゲームの
「最後の打席」の写真。
これだけ人に囲まれ、愛されたからこそ、
弱さをさらけ出すことが
できたんじゃないかと
筆者は勝手に思っている。
それは幸運に恵まれた証でもあり、
強さの証でもないだろうか。
そして先程触れた、プロ野球のキャンプ情報。
それは愛弟子の一人である、
古田敦也氏が東京ヤクルトスワローズの
臨時コーチに就任し、
野村監督の教えを伝えていくといった
趣旨の話をされたというニュースだった。
人を残すことで、
その人は死後も生き続けられる。
その人の強さの証とともに。
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