スパイスの課題を解決するアグリテック
2023年スパイスの旅を始めてから10ヶ月目に突入。お仕事の機会をいただき、インドネシアに3週間ほど滞在していた間noteの更新が途絶えてしまっていましたが、スパイスのフィールドワークを再開するべく、インドのハイデラバードにやってきました。
11月のハイデラバードは朝は肌寒いものの、日中は30度を超える暑さ。雨季も明けて乾燥しているので比較的過ごしやすくはありますが、炎天下を歩いていると体力を消耗します。
今回の滞在の目的は、9月にインドで開催されたWorld Spice Congress(世界スパイス会議)で知った「BigHaat」というインド最大手のアグリテック企業の取り組みを知るため。
「アグリテック」とは、テクノロジーを通じて農業の課題を解決する領域で、近年IT化が進むインドで様々な企業が参入しています。インドでの動向はニュースなどで知っていたのですが、こうした技術は現場で活用されない事例も多いもの。実際どのくらいの農家が使っていて、どんなインパクトがあるのかを知りたいと思っていました。
そこで、スパイスに特化したアグリテックのサービスを提供しているヤニさんに、彼らがメインで活動している3つの州のうちの一つ、テランガナ州のターメリックと唐辛子のフィールドを見学させていただくことにしました。
ターメリックのフィールドの一つは、ハイデラバードから車で4時間程の場所にあるニザマバードという街。そこには「マンディ」という公設市場があり、トレーダーと周辺地域の農家が集まります。ターメリックは1月から収穫が始まるため、今はオフシーズン。しかし通年を通してターメリックの需要はあるため、倉庫に保存をしていた農家や企業が、より高価格で売れるタイミングを狙ってオークションに出品するのです。
以前別の記事でも紹介しましたが、インドはかつてこの「マンディ」で農作物を販売することが義務付けられていました。しかし、2020年に新農業法が施行され、農家が直接民間企業に販売できるようになり、自由化が進みました。しかし、農家にとってはより良い価格で購入してくれる企業、企業にとっては求めるクオリティのスパイスを売ってくれる農家、それぞれをマニュアルで探し出すには労力がかかります。そこで、BigHaatはその両者をマッチングさせるアプリケーションを開発しました。
マンディで取引されているスパイスのクオリティは、香りや色などの状態を見て売買されます。バイヤーにとっては欲しい時に買い付けができるという短期的なメリットはありますが、多くの場合、どんな栽培方法で、どんな農薬が使用しているかなどは不透明です。買い付けたスパイスを海外のマーケットに販売する場合、その国の規定に合った食品安全性に満たないリスクがあり、実際に検査で基準値を超えてしまった場合、返品されてしまうのです。
今回のフィールド案内人のBigHaatのサステナビリティ・マネージャーのラフールさんは、
「BigHaatは農家の持続可能性を支援するためのプラットフォームとプログラムを提供しています。マーケットは、食品安全性や衛生管理についての支援をしていません。例えば病気が発生してしまった場合、農家はすぐに農薬を使ってしまう。そこでBigHaatはアドバイスを提供し農薬の使用方法をコントロールしています。」
と話してくれました。9月にナンデードという地域のターメリックのマンディを訪ねた時に、水不足に悩まされた農家が収量を減らすまいと農薬を増やしてしまったという話を聞きました。先祖や親から得た慣習的な方法で農業をしている人が多いインドでは、トラブルがあった際に、適切に対応できる知識やリソースの提供が必要なのです。
「私たちはアプリケーションを通じたナレッジの提供だけでなく、フィールドでのプロジェクトも実施しているんです。栽培管理は3つのステップで構成されていて、1年目は水の管理、2年目は土壌の管理、3年目は農薬の管理という風に、段階的に農家にガイダンスを行います。ポストハーベストに関しても、適切な収穫時期やドライイングのプロセスでアドバイスを行います。1件の農家が成功すると、それを見た別の農家が参加し翌年は10件増える。そんな風にして、今では3つの州から200件の農家が参加してくれるまでのプログラムに成長しました。」
と、ラフールさんが加えました。デジタルプラットフォーム企業がフィールドプログラムも実施していることが意外でしたが、伝統的な方法で農業をしている農家が多いインドでは、こうした草根活動が重要であることは間違いありません。3つのステップを経て着実に実績を作った上で、さらに販売先の要望に応じてIPM(総合的病害虫管理)やオーガニックにチャレンジしていくそうで、基本的な課題を解決してから、サステナブルな取り組みにチャレンジするというのも重要なプロセスだと感じました。
マンディを離れ、そこから40kmほど先のプロジェクトを実施しているパドガルという村に車で向かいました。道すがら、たくさんのターメリック畑が見えると同時に、田んぼやコットン畑、とうもろこし畑が目に入ってきました。
「この辺りは水源が豊富だからコマーシャルクロップ(商品作物)がたくさん育つので、ほとんどの住民が農業に関わる仕事をして生活しているんです。同じ作物を繰り返し同じ場所で育ててしまう農家もいて、土壌中の養分バランスが崩れて収量が下がってしまうこともあります。ターメリックも同じことが起こっていて、私たちは農家に連作をなるべく避けるようにアドバイスをしています。」
窓の外を眺めながらヤニさんが言いました。パドガルに到着し、BigHaatのプロジェクトに参加しているターメリック畑に降り立つと、畑の周りにはトゥールダルの樹がありました。フェンスの代わりにこうした作物を植えることで、日々の食料を得られるというメリットがあります。また、ターメリック畑にはとうもろこしを混作することで、連作障害のリスクを下げる効果があるそうで、そうした工夫も取り入れていました。
農家のガジャラムさんにお話を伺うと、彼は5エーカーの農地でターメリックを育てていて、マーケップライスを毎日チェックしながら、ターメリックの売値やタイミングを見計らっています。ガジャラムさんはターメリックの種も自分で管理し販売をしていますが、アプリケーションを使うメリットをこんな風に語ってくれました。
「BigHaatのアプリケーションを使用した場合、例えば105ルピー/kgのものが110ルピー/kgで販売でき、マンディで販売するよりも1kgあたり5ルピー得をします。さらにマンディで販売する場合は運搬費用がかかるだけでなく、業務も一日仕事になりますが、アプリケーションを通じて販売すればそいうしたコストを削減することができます。」
ガジャラムさんは成長途中のターメリックを1株引き抜いて見せてくれました。すると、ふっくらと逞しく育ったターメリックが現れました。今年9月には水不足による不作が懸念されていましたが、現段階でこの地域は昨年より発育が良いと聞き安心しました。実際の収穫は1月末から2月ですが、12月の最終週または1月の最初の週には、根の部分に養分が集中するように葉っぱの部分をカットします。そのメリットはマニュアルでの収穫のしやすさにもあるそうです。
収穫と種まきのシーズンには、20人ほどの労働者を雇用すしているガジャラムさん。賃金は女性で300ルピー、男性で1000ルピーの日給を払っています。他の農家に聞いても同じ価格だったので、テランガナ州の最低賃金に乗っ取った相場なのでしょう。移動中に偶然会った労働者の一家は、隣のマハーラーシュトラ州から出稼ぎで来ていましたが、作業を終えると他の地域に移動して働きながら、1年間の生計をたてているそうで、ここでは住まいを提供してもらっていました。
ターメリックの収穫後のプロセスなどは、1月末に取材をして改めてお届けしますが、収穫・乾燥・研磨をして、ようやく販売をできる状態になるので、売り上げを得るまでのキャッシュフローは農家の規模が大きくなるほど大変だなたと感じました。(さらにこの後お伝えする唐辛子は商品作物の代表の一つですが、種を自分たちで賄えるターメリックに対して、毎年ハイブリッドの種を種業者から購入する必要があるため投資が大きいです)
その日のうちに南下し、ハイデラバードの東のワランガルという街にやってきました。中心部にはマンディがあり、街の周辺には唐辛子農家が広がっています。以前の記事でグントゥールという唐辛子の一大産地をご紹介しましたが、この地域も同じ気候で、多くの唐辛子が育ちます。
マンディでは様々な品種の唐辛子が売買されていましたが、特にインド亜大陸周辺では「テジャ」という品種など、香り・辛味・赤みが強いものが好まれる傾向があるのだそうです。一方、東南アジアに輸出するものは辛味が強いもの、日本は赤みが強く香り・辛味が控えめなものが多いそうです。ただこのマンディに来るトレーダーは輸出をしていない業者ばかりでした。(先述の通り輸出品は食品安全性の観点から農家や集荷人と直接取引する場合が多い)
マンディから35kmほどの離れたラヤパーティという村のBigHaatのトレーニング施設に行くと、プログラムに参加している地元の農家の皆さんが待ってくれていました。施設には唐辛子の栽培のプロセスの順に、マテリアルが展示されていました。(土壌テストキット・混作する作物の種・柵に使用する作物の種・肥料・トレイ苗・マルチングシート・点滴灌漑・有機農薬・害虫トラップ・トレーニングマニュアル・散布機・ターポリンシート・唐辛子のグレーディング・オリジナルの出荷用の麻袋)
農家の方に、プログラムに参加した1番のメリットを聞くと、
「アプリケーションを通じてマンディより高値で販売できるのも助かりますが、水の管理について大きなメリットを感じています。私たち慣習で農業をしてきたので、効率的な知識を持っていませんでした。プログラムに参加しマルチングシート(畑のうねを覆う資材)を使用することで、水の蒸発を防ぎ最小限の水で栽培ができるようになったと実感しています。また、マルチングシートで覆うことで雑草の発生や害虫を防ぐので栽培管理が楽になりました。」
と答えてくれました。ポストハーベストの面でもBigHaatは慣習的な方法からのシフトを促しています。例えば唐辛子のドライイングの際に土の上で乾燥をすることでアフラトキシンというカビ毒が発生してしまうリスクがあるのですが、ターポリンシートの上で乾燥させることで、アフラトキシンの発生を防ぐことができるのです。
IT技術により農家の課題を解決する仕組みは、インド以外にも様々な事例がありますが、並行してフィールドプログラムを実施し、農家と連携して確実に実績を積み上げていくというのは、とても良いお手本だと感じました。BigHaat自体もスパイスを農家から購入して企業に販売するビジネスを行なっていますが、彼らのサステナビリティへの取り組みがより広がることを願っています。