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乾いた大地に香るクミン
3月も後半に近づくと、クミンの二大産地であるラジャスタン州とグジャラート州では、8割〜9割の農家が収穫の終わりを迎えます。近年は気候変動の影響により3月末に季節外れの雨が降ることが増え、クミンが不作になることを懸念して、特に早めに収穫をする農家も多いとか。
1月中旬からスパイスの収穫シーズンに合わせてインド大陸を横断してきましたが、インドでは1月から3月にかけて様々なスパイスがシーズンとなるため、かなりの強行スケジュールで各地を巡りました。ビザのリミットが拍車をかけるように私を急き立てます。
先日の記事で紹介した、クミンの公設市場「ジーラ・マンディ」で、まだ収穫中だと話してくれた、その名も「コロナ村」のクミン農家のジョダンさん。農家の方は英語が話せない方がほとんどですが、少し英語が話せるという彼に、最後の収穫を手伝わせてもらえないかとWhatsAppでコンタクトをしてみました。ジョダンさんからはクミン畑の写真がいくつも送られてきて、期待に胸が膨らみますが、なかなか滞在の日程の調整が進みません。
数日かけてようやく日程が決まったものの、嫌な予感がして、その前日にも他の農園を訪ねてみることにしました。といっても、特にこれといった当てもありません。
「ジョードプルから近くのマタニアという地域はクミンと唐辛子が有名で、さらにその先のファローディという地域は周辺でも一番のクミンの生産地だよ。」
そんなことをマーケットで聞いていたので、一か八か、マタニアから訪ねてみることにしました。RSRTCという州政府が運営するバスのターミナルに行き、マタニア行きのバスに乗り込みました。1時間に約1本のバスは超満員で、車内のチケット売りのおじさんも移動できないほど。チケットを事前に購入していなかった私が座れずにいると、若い女の子2人が2人がけの席を詰めて座らせてくれました。美人姉妹の2人は、クミンの産地ファローディに帰るところだと言うので、私の旅の目的を話すと、
「私たちもクミンを育ててる農家なの。ぜひうちにも遊びに来て!」
という嬉しいお誘いが…!けれども、やはり姉妹の農家も既にクミンの収穫を終えていました。しかし、ここで会えたのもせっかくのご縁。インスタグラムで連絡先を交換しました。驚いたのはそのフォロワー数。なんと12万人近いファンを持つインフルエンサー姉妹だったのです。しかも、多くの投稿が農園での動画でした。
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これまで様々なスパイスの農家を訪ねてきましたが、今インドでは共通の課題として「労働者不足」を抱えています。特に、若年層の農家離れが顕著になっているのです。そうした中で「農家はイケてる!」という印象を与え、自分たちのバックグラウンドを武器にファンを増やしている。こうした若者が活躍できる場が広がるといいなと思いました。
楽しい会話のおかげで、バスはあっという間に目的地のマタニアへ。再会を願い姉妹に手を振りバスを見送り、ここからが本番。全く当てのない私は、ひとまずバス停の最寄りの食料品店の主人に、
「この村で、クミンの収穫を終えていない農家を知りませんか?」
と尋ねてみました。主人は常連客に心当たりがないか聞いてくれ、思い当たる人物がいたようで、その農家の知り合いのフルーツ屋のスタッフに、私を農園に連れて行くように伝えてくれました。
バス停から5kmほど走ると、当たりは民家もほとんどなく、広大な農村が広がっていました。ぽつんと佇む民家のゲートを潜り、奥の敷地に入っていくと、子どもたちや鶏が庭を駆け回る様子が見えてきました。私の姿に気がつくと、驚きつつも、興味津々の様子。作業をしていたクミン農園のオーナー、ラクシュマさんも快く迎えてくれました。
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そこからバイクで数分移動した場所に、ラクシュマさんのクミン畑はありました。クミンは想像していたよりもずっと背が低く、乾燥した茶色のクミンと、まだ青さが残るクミンがまだらになっていました。
「このクミンはまだ収穫には早く、こんな風に茶色く乾燥した状態になってから収穫するんだ。」
ラクシュマさんはそう言って、まだ青いクミンと茶色くなったクミンを抜き取って、私に手渡してくれました。青いクミンをかじると、あの独特な爽やかな香りと、青っぽい味が口の中に広がりました。
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さらにラッキーなことに、このクミンはオーガニック栽培であることが判明!ゲートを入ったところに家畜がいたので、少し期待はしていたのですが、稀なオーガニック農家に出会た喜びで、思わず声をあげてしまいました。
ラクシュマさんのクミンの主な輸出先はアメリカで、公設市場のマンディには出品せず、直接メーカーと取引をしていました。アーンドラプラデシュで見学させてもらった、オーガニックの唐辛子農家も同様だったので、インドにおけるオーガニックスパイス・マーケットはこの流れが一般的のようです。ここの場合、収穫作業を行うのは主に女性で、日給は400ルピー(約670円)、男性の場合は1000ルピー(約1680円)だそうです。
再びお宅の方に戻り、周辺の畑も見学させていただきました。首を垂れている小麦が、収穫の時を待っています。季節外れの雨で少なからずクミンの収穫に被害があったというラクシュマさん。彼も多くのクミン農家と同様に、穀物やフェンネル、コリアンダーを生産し、レジリエンスを高めています。この地特有のマタニアチリという唐辛子も育てているようですが、今はシーズンオフということで、残念ながらその様子を見ることはできませんでした。
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翌日、約束していたジョダンさんの畑を見学するために、コロナ村へと向かいます。ジョードプルの中心からバスで西へ1時間ほど幹線道路を走り、さらにオートリキシャで北へ30分ほど走った先に、その村はありました。ジョダンさんは「本当に来たのか!」という表情で、私を見ていました。その表情に私はやや不安になりつつ、早速畑へと案内してもらいます。
すると悪い予感は当たって、すっかり収穫を終えてただの野原になった広大なクミン畑が…。私は落胆しましたが、気を取り直して、せめて話だけでも聞かせていただくことに。
オーガニック農家のラクシュマさんのクミン畑の10倍近くはありそうな敷地。その脇の農具入れの古屋の横に、地元の農家らしき人たちと話す人物が。その男性はクルディープシンさんといって、この土地の地主であり、英語も堪能でした。彼によるとコロナ村に暮らす人のほとんどがクミンの生産に関わっていて、この農園では男女共に日給400ルピーから500ルピー(約670円から840円)で雇っているのだとか。クルディープシンさんも、気候変動によるクミンの不作に悩まされていましたが、こちらもクミンの収穫が終わると小麦などを育てていているそうです。ここで働く人たちは、農作業がない時には別の仕事をしていて、ジョダンさんも村の小さな商店を経営していました。
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貴重な話が聞けたものの、収穫体験ができないまま、ジョードプル滞在のリミットも迫っていました。そこで、これまで見てきたことから、こんな予測を立てました。
・収穫作業は数日で終わってしまうので、日本の稲刈りと同じく、近所の人たちに声をかけて、人手が集まるときに作業をするのではないか。
・クミン農家の多くが兼業なので、土日に収穫を行うところも多いのではないか。
そこで、最後の週末に地域最大のクミンの産地ファローディに向かうことにしました。ジョードプルから3時間走り到着したその街は、東西南北に幹線道路が走る、想像していたよりもずっと大きな都市でした。その道路沿いにはクミンの倉庫らしき建物があり、思わずテンションが上がります。
終点のバスターミナルに到着し、早速地元の人に声をかけようと辺りを見回します。これまでお会いした中で、白いクルタとターバンを身につけた農家の方が多かったので、目の前にいた伝統衣装の男性と、なんだか英語が話せそうな雰囲気(理由は上手く言い表せませんが…)の2人組に、収穫を終えていない農家を知らないか尋ねて見ました。
少し頭を悩ませながら、やはり英語が話せた男性が、
「あのオートリキシャの運転手が、クミン農家だから、彼に案内してもらうといい。」
と教えてくれました。そこで、運転手のヒンディアールさんの農園があるバスターミナルから10kmほど先の場所に向かうことに。市街地を抜けると、一車線の道に入り、そこからひたすら農園が続きます。小麦やフェンネル、既に収穫を終えたクミンの畑をいくつも通りすぎ、やや不安になっていると、
「あそこを見てごらん!まさにクミンを収穫しているよ。」
と、ヒンディアールさんが指を刺しました。遠くに数人の女性たちが、せっせとクミンを収穫しているようすが見えます。
しかし、オートはその場を通りすぎ、そこからずっと先のヒンディアールさんのお宅へ。親切に彼も農園を見せてくれましたが、やはりクミンは収穫を終えてしまっていました。私は急いで先ほど女性たちが収穫をしていた農園に引き返すようにお願いをして、なんとか収穫に間に合うことができました。
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収穫の作業は、近所の主婦や若い女の子たちで行われていました。中にはまだ1歳にも満たない赤ちゃんを連れた女性も。私が到着した時には雲が広がって比較的涼しく、作業がしやすくはありましたが、日がさすと3月でも35度を超えます。強い日差しを避けるため、そして乾燥したクミンは直接肌に触れるとチクチクするので、肌の露出を極力避けて作業します。
カラカラに乾燥したクミンが黄金色に広がる大地に腰を落とし、根本から引っこ抜き、手一杯になると一箇所にまとめていきます。軍手もなく無防備な私は作業が遅く、私の手が一杯になる頃には、地元の女性たちはもう次のスポットに行っています。
そこへ、この農園のオーナーのマノーさんがやってきました。彼に話を聞くと、彼女たちの日給は400ルピーで、男性の場合も同じ給料だと言います。彼のクミン農園も雨や雹による被害を受けていて、異常気象にはとても敏感になっていました。雨の翌日にはマーケット価格が上がるそうで、それらの変動を読みながら、良いタイミングで売ることも生き残りの手段です。実際に、昨年はクミン1kg当たり250ルピーがトレンドだったのですが、雨の影響で、今年は400ルピーにまで高騰することもあるのだと語ってくれました。
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彼のクミンは7割が国内消費、2割がアメリカ、残りは他の国に輸出していて、それらはファローディから幹線道路をひたすら南へ走った、グジャラート州ウンジャで売買されているのだとか。ウンジャのクミンは業界でも有名で、ウンジャで取引されたクミンはブランドバリューがあるようです。
マノーさんは、クミン畑は長くても3年で他の作物と入れ替えていると教えてくれました。隣には小麦が植っていて、複数の作物を育てる理由は、連作を減らすためでもありました。
お昼時に訪ねたので、女性たちは持ち寄ったお弁当を広げてしばし昼休憩。中身はチャパティ、ダールカレー、カード(ヨーグルト)というシンプルなベジタリアン。そして見事に全ての料理にクミンが使われていました。ラジャスタン料理においてクミンが欠かせないことを改めて認識しつつ、世界的な需要を満たすだけでなく、地域の人たち、その次世代の子どもたちのためにも、スパイスの持続可能性を守らなくてはと、改めて感じさせてもらったのでした。
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