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「真のシナモン」を求めて

あっという間に10月になり、日本は秋の味覚が楽しめる季節になってきたでしょうか?雨季が続くインドでのスパイスのリサーチは、ビザの期間を温存するために9月末で一旦お休み。所変わってインドのお隣の国、スリランカにやってきました。

南スリランカにあるゴールフォートの近くの海辺

突然ですが、スリランカのスパイスといえば、最初に何が思い浮かびますか?

恐らく、これを読んでいるほとんどの人が「シナモン」と答えるのではないでしょうか。それほどまでに、「セイロンシナモン」というブランドが一般の人にまで普及している今日。ではスリランカにおいてシナモンとはどういう存在で、どんな風に生産され、どのように私たちのもとへと流通しているのでしょう?

ここで、先に定義しておきたいのは、日本で「シナモン」と呼ばれているものについて。

例えばインド亜大陸のカレーに使われている「シナモン・カシア(Cinnamomum cassia 以下カシア)」に対して、ヨーロッパの間ではセイロンシナモンが「真のシナモン(Cinnamomum verum)」とされ、識別されているそうです。スリランカのカレーには必ずセイロンシナモンの方が使用されますが、日本でスパイスカレーを作る際にはカシアを使用するレシピの方が多いはず。でも実際に、この2つの「シナモン」が別の品種で、香りや味が異なることや、産地も違うことを知っている人は、玄人だけかもしれません。

今回は、真のシナモンことセイロンシナモンを「シナモン」として、掘り下げていきたいと思います。

歴史を遡ると、14世紀から15世紀のヨーロッパでは、シナモンはブラックペッパーやナツメグなどと同様に貴重な存在でした。菌の繁殖を遅らせる効果があるとされ肉の保存にも重宝されていたそうです。その頃まで、シナモンを生産していた国はスリランカのみでした。しかし時は大航海時代、その情報を突き止めたポルトガル人たちは、インドやインドネシアと同様にスリランカを侵略したというわけです。

先住民を奴隷にして、それまでシナモンをヨーロッパに流通させていただアラブ人に代わり、ポルトガルがシナモンの独占権を掌握。その後オランダのVOCの傘下となり、プランテーションと領地の拡大が行われ、生産量も上昇していきます。1815年からはイギリス領セイロンとなり、現在のシナモンの生産と流通の原型が生まれました。

真のシナモンことセイロンシナモン。スティック状になっているのが特徴

先月、インドの政府機関のスパイスボードが開催したWorld Spice Congressに参加しましたが、その際のパネリストの一人、スリランカのスパイス評議会の会長であるシルバさんと挨拶をすることができました。その彼の計らいで、「シナモン・アカデミー」という、シナモンの生産に関わる人材トレーニングを行う施設を見学させていただくことに。

南スリランカの「コスゴダ」にあるシナモン・アカデミーは、スパイス評議会だけでなく、スパイス企業や輸出業者などの民間企業の出資、UNIDO(国際連合工業開発機関)の支援により運営されています。研修参加者はスパイス企業の契約する農家たち。敷地の中にはシナモン農園と加工施設があり、シナモン農家やピーラーと呼ばれる加工者への研修や、コレクターや輸出業者などのその他のバリューチェーンの人々も参加できる仕組みになっています。

こちらがシナモン・アカデミー

見学に同行してくれたのは、同じくWorld Spice Congressで出会った、キャンディにあるスパイス企業の代表のティリナさん。彼も私と同じく、スパイスのサステナビリティに関心を持ち、取り組んでいる社会起業家の一人です。シナモン・アカデミーを案内してくれたナジッシュさんの話を英語で通訳してくれ、時により踏み込んだ質問までしてくれました。

「我々はここでコンピテンシーに応じた3つのプログラムを提供していて、明日も朝からスパイス企業が主催する研修があります。家やコミュニティで行われていた従来のやり方に対して、衛生管理を向上できる加工設備を設けていますが、労働者の人たちは、家などのリラックスした環境で作業ができる方を好む傾向があるようです。」

と、ナジッシュさんが設備を案内しながら教えてくれました。施設の脇にはシナモンの畑があり、一部は無農薬で栽培をしていました。シナモンは種から育てるそうで、種をまいてから半年ほど経ったら苗木を畑に植えていきます。収穫までは3〜4年かかり、収穫は半年ごとに行います。

ピーリング用の作業台
シナモン・アカデミーの敷地にあるシナモン畑

ナジッシュさんにお願いして、シナモン・アカデミーから近いシナモン輸出業者「GDDe Silva Son」に訪問させていただきました。オーナーのジハンさんによると、スリランカ中の100近いシナモンコレクターからシナモンを買い付けているそうです。コレクターとは、農家からシナモンを買取し、トレーダーに販売している人のこと。スリランカはインドと異なり公設市場もないため、インドネシアのナツメグやクローブと同様にコレクターによって集められているのです。

シナモンのグレードは最上級を「Alba(アルバ)」として、細さと見た目の美しさに応じて8つに分類されています。この日はメキシコに向けてC4のシナモンを発送作業しているところでした。買い付けたシナモンは、等級分けされた後、硫黄燻蒸(硫黄を燃やして燻す方法)でシナモンを燻蒸して害虫​​を除去しカビを防ぎます。日本では干し柿の製造の際に使われることがあるそうですが、中南米や南米に輸出するシナモンも伝統的にこの手法が使われていて、表面の色をキレイに見せる効果があります。

シナモンのグレード。右から順に高くなっています
シナモン輸出業者のジハンさんと、スパイスの社会起業家ティリナさん
メキシコに輸出するためのコンテナへの搬入作業。輸出港はコロンボ

「これだけ手間をかけて見た目にこだわるスパイスは他にはないな」と驚いた私は、ジハンさんにお願いして、コレクターが収集する前の「ピーリング」の工程を見学させてくれる人を紹介してもらいました。

シナモンは、外樹皮と呼ばれる樹の皮を剥いて生産されます。その皮を剥く職人は「ピーラー」と呼ばれ、農家は収穫したシナモンをピーラーに持ち込み、加工してもらっています。伝統的にはスリランカのマジョリティの宗教である仏教において、ピーラーは独自のカーストとして代々継承されてきました。その社会的地位は低く、農産物のカーストの中でも米農家のカーストよりも低いのだそうです。

収穫したシナモンの樹は、枝や葉っぱを落とした後に表面の皮を削った後、ナイフで長方形にくり抜きながら皮を剥がします。端の部分などはロール状にしていく際に内側に詰めていきます。それぞれ適度に乾燥させたのち、ロール状に加工していきます。特定のスケールに合わせて長さを調整しながら巻き上げ、再び乾燥させます。

表面の皮を削っているところ。お子さんを見ながらで大変そう
シナモンスティックの外側になる部分を長方形に切り抜きます。こんなにキレイに剥がれるのが驚き
シナモンの中の部分を詰めている様子

「これは最も伝統的な製法なんだ。時間と手間がかかるのに、農家やピーラーの収入は低く、環境も整備されていない。僕はこうしたシナモンの生産システムをアップデートしたいと考えているんだ。」

ピーラーの話を通訳しながら、ティリナさんは言いました。彼は高原地域のキャンディを拠点にフェアトレードのスパイスのビジネスを行なっていますが、シナモンについては、この近辺の南スリランカからも時折買い付けをしているそうです。そこで翌日、ティリナさんの取引先の一つである、アムゴダという街のシナモン企業に訪問させていただくことに。雨季のスリランカは土砂降りの雨で、冠水した道路を通り抜けて、バスでターミナルまでたどり着くと、代表のチャンミダさんが迎えにきてくれました。

アムゴダの周辺は特にシナモン農園が多く、チャンミダさんは200〜300近い農家と契約をしているそうです。ティリナさんが彼と取引している理由は、農家からシナモンを適切な価格で買い取り、オーガニック農園との契約を広げるなど、サステナブルなシナモンの生産に向けたビジョンがあるから。海外マーケットの衛生基準に見合うように、品質管理の向上に対しても積極的なのだそうです。ちょうどシナモンを売りに来た農家がいましたが、水分量を計測し、基準値よりも高かったので、さらに乾かしてから持ち込むように指導していました。加工施設もキレイに整えられていましたが、さらにティリナさんは木製の加工台をステンレスにすることで、より衛生的に加工ができるようになるとアドバイスをしていました。

加工施設の庭ではシナモンの苗を栽培していて、チャンミダさんはこれを農家に配布し栽培方法のガイダンスも行なっているそうです。施設の周囲にはシナモン農園があり、歩いてすぐのところにピーラーの家がありました。彼らのコミュニティでは、シナモンの価格に対して農家が60%、ピーラーが40%の収入を得ていますが、コミュニティによってはこの比率が50%ずつのところもあるのだそうです。

チャンミダさんの加工施設。グレード分けをしているところ
シナモンの苗木を育て農家にガイダンスしているチャンミダさん

現在のシナモンのグレードの方法では、見た目がダイレクトに価格に影響しますが、チャンミダさんはグレードの高いシナモンを生産するには、農家のスキルと、作物のクオリティ、そしてピーラーのスキルが重要なのだと教えてくれました。

昨年の経済危機による物価高騰で、厳しい状況が続くスリランカ。一方で、多様な気候と豊かな自然資源は大きなポテンシャルの一つです。スリランカルピーの価値が下がり輸入品が高騰し、国内産業の強化が求められる中で、シナモン産業の未来と課題の糸口はどこにあるのか?引き続き現場の声を拾っていきたいと思います!

チャンミダさんの加工施設のピーラーのお宅にて
屋根のある風通しの良いところでハンモックのようにして乾燥させます







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