ひとつの原材料にこだわったら、こんな世界が見えた
Spiceful Co.を立ち上げてから半年ぶりの投稿となりましたが、2025年もスパイスの生産現場の情報をお届けしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします!
とても嬉しいことに、昨年は何人もの方に「note読んでます!」と声をかけていただき、とても励みになりました。特に、スパイスが好きな方や、飲食業界に関わっていらっしゃる方など「こんな方に届くといいな」と思っていた方々に声をかけていただいたのが嬉しくて、今年はサボらず更新せねば、と思っている次第です。
そんな2025年は、インドのラジャスタン州から旅を始めます。Spiceful Co.のミッションとして、産地の最新情報や課題をお届けするために、毎年数ヶ月は生産現場に滞在して、できるだけ現地の一次情報を集めて発信していきます。
最初の目的地は、ジャイプルというラジャスタン州の州都。「ピンクシティ」という異名の由来になった旧市街地はインド屈指の観光地です。近年ではブロックプリントの生産地としても知られ、日本からの渡航者も多い街です。
そんなスパイスの生産とは無縁そうなところで、訪ねたのはジャイプル郊外にある「Rattan Organic Foods Pvt Ltd」のオフィス。14年前から取引を開始し、2014年に同社を設立、コロナ禍以降急速に拡大しているオーガニック市場において事業を拡大しています。拠点のジャイプルから70kmほどの距離に自社工場と農場を構え、Nutriorgというオーガニックブランドを展開。創業者は現在グルガオンにもオフィスを構え、ジャイプルの方は事業責任者のナクルさんに任せています。
そのナクルさんを紹介してくださったのは、「striniコーラ」という99%オーガニック素材・ノンカフェインのコーラを作っている満留さん。2023年、インドでのスパイスのリサーチの最中にInstagramでDMをくださり、クラフトコーラの原料に関する情報交換から、今では一緒にイベントも実施させていただく仲に。そんな満留さんがコーラに使用しているのが、このNutriorgのオーガニックのジャガリー(無精製の砂糖)。満留さんはインドでコーラの原材料の生産現場を訪問している中で、このNutriorgに出会いました。そこで、ナクルさんに生産現場を案内してもらい、その理念に感銘を受けたと言います。(その惚れ込み度合いは、日本で流通していなかった、同社のジャガリーを自身で輸入するほどです!)
Nutriorgの原材料は、7つの州の自社農園、または提携している農業組合のもとで生産しています。スパイスの生産ネットワークは、拠点のあるラジャスタン州をはじめ、南インドのケララ州や、北東インドにあたるメガラヤ州、アッサム州、マニプル州まで、各スパイスの発育に適した地域に及びます。
「こだわりは、オーガニックやIOSの高い認証基準を満たすこと。各拠点ごとに生産管理のスタッフを配置して、生産者にオーガニックでの生産に関するトレーニングを実施したり、悪性の菌や混入物がないように衛生管理をしてるんです。」
と、ナクルさんは言いました。そして、今まさにクミン農園でプログラムを実施しているという、スタッフのアニールさんとビデオコールを始めました。
「今は播種から2ヶ月が経過したところで、花が咲きはじめています。この農園は6エーカー(約2.5ヘクタール)で、地域全体では100軒の農家をケアしています。」
と言って、アニールさんはカメラを近づけて、ほんのり紫色がかった小さな花と、クミンの様子を共有してくれたのです。
そこで、各地の生産課題を把握しているであろうナクルさんに、近年の気候変動の影響について質問をしてみました。特にラジャスタン州で生産が盛んなクミンは、近年季節外れの雨に見舞われ収穫量が著しく低下することも。価格が2倍にまで上昇するなど、日本のスパイス市場においても大きな影響をもたらしているのです。
「クミンは昨年、異常気象で大きなダメージを受けました。ただ今年に関しては、灌漑や有機農法の中で出来ることを農家にトレーニングし、対策を講じているので恐らく問題ないでしょう。クミン以外も、ICAR(インド農業研究評議会)などの研究機関や、社内の専門家とともに、気候変動対策について進めています。最近では、より耐性のある原種の種も使用しているんですよ。」
そんな、想定以上に自信を持った回答をもらい、私は嬉しくなりました。もちろん、近年の異常気象の進行は著しいので、万全な対策を講じることは困難。それでも課題の原因を特定し、解決策を実践に移せるシステムができていることが、とても稀であり重要なのです。
さらに興味深かったのは、ケララ州で生産しているカルダモンについても、オーガニック認証を取得しているということ。以前の記事で、カルダモン研究所の研究者からのお話で「100%オーガニックのカルダモンを生産することは非常に困難」という見解をお伝えしましたが、現在Nutriorgではオーガニックのカルダモンを生産しているというのです。
インドにおいてオーガニックのカルダモンを生産することが難しい理由は、体系化されたマーケットのシステムと、農薬に依存している生産現場の現状にあります。インドで生産される9割以上のスパイスが「マンディ」という公設市場で流通しているといわれますが、そこではオーガニックの商材は取り扱われません。その理由は、マンディでの売買はサイズや形、色などで価格が決まる仕組みになっていて、オーガニックだからといって高値で取引されるマーケットではないからです。
また、カルダモンは農産物の中で特に高値で売れるため、コーヒーや紅茶などの農作物から、カルダモンの生産に切り替えたという農家もいます。生計のために農業をしているので、簡単で儲かる方に流れていくのは自然なこと。さらに農薬を使うことで、面積あたりの収穫量が増えるため、ほとんどの農家が農薬を使って生産をしているのです。
そのように周囲の農園がほとんど農薬づけの環境で、オーガニック認証のカルダモンを生産したいと思っても、周りで農薬が散布されていた場合、少なからず影響を受けてしまう。そんなリスクも相まって、インド産のカルダモンで、オーガニックのものを流通させるのは、非常に困難なのです。
しかしNutriorgのように、自社で影響範囲の農園を管理し流通させる仕組みがあれば、そこに付加価値をつけて販売することができます。マンディで取引すると安価になる小ぶりなサイズのものでも、自社で製品化する際にパウダーにしたり有効活用することで、利益を合わせていくといったように。
スパイスの生産のストーリーを伺ったあとは、車で2時間ほどの場所にある自社工場と農場に連れて行っていただきました。あいにくこの日は、コートを着るほどの気温で、この時期には珍しい長雨。そんななか、ナクルさんと一緒に広大な敷地の各ユニットを丁寧に説明してくれたのは、品質管理をしている英語が堪能なシヴァニさん。彼女のような女性はもちろんですが、包装や加工のプロセスで活躍するスタッフも女性が多く、聞くと従業員の70%以上が近隣地域の女性だと言います。
地域の女性を雇用しエンパワメントするケースは、欧米諸国に輸出をしている企業の中ではちょっとしたトレンドになっています。Nutriorgもその流れを汲んでいますが、平均よりも高い賃金を支払っているだけでなく、送迎の実施や従業員への住居の提供(一部希望者のみ)と、働きやすい環境を作るほか、ヘルスチェックなどウェルビーイングの推進にも力を入れていています。
パンデミック以降、インド国内でもオーガニック市場が拡大していますが、依然重要なマーケットは欧米諸国。それらの国へ輸出できるクオリティの食品を製造するには、衛生的な環境づくりと運用が不可欠です。そこで彼らは工場内のラボで、残留農薬や有害な金属など、輸出先の食品安全基準に沿っているか細かくチェックすることで、高い品質基準に対応できるようにしています。品質管理においては、工場にドライヤー施設も完備。訪問時は先日収穫したばかりというアムラというスーパーフードを乾燥させていました。
工場を見学した後、農園をぐるりと一周すると、工場と農園を同じ敷地内ある理由がよく理解できました。食品工場では加工の段階で必ず残渣が発生しますが、それをコンポストにすることで、完全に循環型の生産ができるのです。また、残渣は同じ敷地で飼っている牛のふんやおしっこ、ジャガリー(無精製の砂糖)を混ぜて発酵させて培養液にします。そして、作物ごとに張り巡らされたホースで地下水と一緒に散布し、発育を助けるのです。
そうした農園の一連の管理をしているのは、ちょっぴりシャイなムービンさん。彼にも住まいが与えられ、奥さんも工場で働いているのだそうです。雨の中をビニール袋をかぶって勤勉に働く姿に、カメラを向けると歯にかみながら、工場で出たアロエの搾りかすをトラクターで運んでいきました。
「子どもから大人まで、そして自分自身が安心しておいしく飲める」をコンセプトにしているstriniコーラ。彼らのように原材料にこだわることは、飲む人はもちろん、ステークホルダー全体の人たちのウェルネスに貢献することにもなります。ただ1つのスパイスにこだわるだけでも、こんなにたくさんのストーリーを語ることができる。そんな学びに満ちた視察となりました。
さて次は、ジャイプルから近いアジメールで、シードスパイスの最新事情をお届けする予定です!ぜひ引き続きお付き合いください🇮🇳