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種まき編|アジア最大のコリアンダーシードの産地にて
11月下旬、インドに戻ってきて5日目。ハイデラバードのアグリテック企業の取り組みを視察した後、私はマディヤ・プラデーシュ州(以下MP州)の州都ボパールを経由して、グナという都市を目指しました。
「ボパール」といえば、1984年に米国の化学企業大手ユニオンカーバイドによる史上最悪の化学工場事故で有名になってしまった都市です。長期的には最大2万5000人が亡くなったといわれていて、現在も後遺症に苦しむ人がいるそうです。私は広島出身で祖父が原爆の被爆者ということもあり、境遇に共感するところがあります。
ハイデラバードでお世話になった方から、
「ボパールに行くなら、The Railway MenというNetflixのドラマを観るといいよ。化学工場事故の実話を元にした鉄道職員の話だから。」
と教えてくれました。グナまではローカルバスで5時間ほどかかるので、移動中に観れたらと何度もサブスクを試みたのですが(インドは約300円/月とお手頃!)、インドに住所がある人しか使えない決済方法で、結局視聴することができませんでした。
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そうして到着したグナの中心部は、想像していたよりも栄えていて、メインストリートにはファッションビルや電化製品のお店が立ち並んでいました。でもほんの少し離れるだけで、ひたすら広い平野に田畑が続きます。
グナはアジア最大のコリアンダーシード(以下コリアンダー)の産地であり、収穫の最盛期の3月頃から見られる「グリーンコリアンダー」というキレイな薄緑色の、フレッシュな香りのコリアンダーが有名です。インド西部のグジャラート州もコリアンダーの産地として有名ですが、特にグナでは輸出用のコリアンダーを多く生産しているそうです。
コリアンダーの種まきの視察の案内をしてくれたのは、現地で農家へのトレーニングプログラムを行なっているスヘルさん。私をバイクの後部座席に乗せてくれ、彼がプログラムを実施しているというネグマ村へと連れていってくれました。
まずコリアンダーシードの品種については、フットボール型のインディアン種と丸型のモロッコ種の2種類があると言われています。グナではインディアン種が栽培されていますが、その中でも「クンブラージ(Kumbaraj)」というインドのシードスパイス研究所が認定した地元の品種が主に使われていました。結果的に出会った全ての農家が、このクンブラージを固定種として自分たちの畑で生産管理していましたが、ある農家の方は品種の純度を保ために種用のコリアンダーは隔離をして栽培をすると言っていました。種は手で揉んで割り、DAPという肥料と一緒に撒くことで生産性を高めることができるそうです。
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種まきの1週間ほど前になったら、24時間かけて畑に水を行き渡らせます。天候にもよりますが、蒔いた後は30日後、そして45日〜60日後と、大きく分けて3回水やりをします。同じ土地でコリアンダーを育てる前は大豆なども育てているそうで、コリアンダーの栽培の前には、改めて土壌成分が適した状態になっているかをチェックします。グナ周辺がコリアンダーの一大産地となった理由は、その気候と黒土にありますが、肥沃度は畑ごとに異なるので、肥料を適切に使用する必要があります。
ネグマ村周辺で行われているトレーニングプログラムには100人の農家が参加していて、その一人であるダムデアさんは、
「私の父もコリアンダー農家でしたが、生産性を上げるためのナレッジを持っていなかった。プログラムを通して土壌成分を検査したり、適した肥料の種類を学ぶことができて、とても役に立っています。種まきはマニュアルで行っていましたが、機械を使って効率よく行うメソッドを知ることができたのも大きいです。」
と語ってくれました。この地域ではほとんどの農家が機械を使って種まきをしていますが、理由はマニュアルで1.5cmの深さに一定の数の種を蒔いていくのは、相当な時間と労力がかかるから。収穫も機械化が進んでいて、レンタルの場合、労働者を雇用する場合と比較しても半分のコストで済むのだそうです。
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畑の近くの集落にお邪魔すると、至る所に牛がいました。村人の8割はコリアンダーをはじめとする農家、残りの2割は酪農家で、いずれの場合も牛のふんを燃料や肥料に使います。村の入り口付近には「PDS」という貧困層に食料を安価で提供する政府の施設がありました。村に向かう途中の畑に、野生動物から作物を守るために雇われた労働者と、その子どもたちがいましたが、彼らのような人たちが支援を受けているのでしょう。
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そこから少し離れたところに、この地区の「FPO」のオーナー、キャンダルシンさんのお宅があり、ランチをいただきながらお話を伺いました。FPOとは農民生産者組織のことで、インド全土10,000箇所において、持続可能な農業セクターの構築と生産性の向上を目的に活動しています。農家はFPOに参画することで、生産資材やクリーニングなどの機材を安価に使用することができるそうです。
「我々のFPOが力を入れているのは、オーガニックの製品とその農家を確立することです。しかし、完全なオーガニックを実現するには、移行期間の3年もの間生産性が下がってしまう。それ以降はまた上がっていきますが…。そして、全ての農家が(肥料のために必要な)牛を飼っている訳ではないというのも、我々にとってチャレンジです。」
牛が気持ちよさそうに寝そべる庭を眺めながら、キャンダルシンさんが言いました。
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帰り道、政府が設置したAPMC(農業生産市場委員会)による公設市場、マンディに立ち寄りました。先程のネグマ村では9割の人たちがこのマンディに出品し、残り1割の人たちはFPOに買い取ってもらっているそうです。現在はシーズンオフのため、取引されているコリアンダーは倉庫で貯蔵されていたもので、この日の平均価格は70ルピー/kg、最高値のもので80ルピー/kgでした。バイヤーはコリアンダーを手に取ると、上から下に落としながら比重を確かめています。そこに後ろから華やかな女性たちが、器を持ってそろそろ歩いてついていきます。聞くと、彼女たちは貧困層で、生計のために散らばったコリアンダーを集めて売るのだそうです。
ちなみに、APMCにはeNamというeオークションのシステムもあります。APMCに登録しているインドの企業はどこからでも取引できるそうですが、スパイスは他の作物よりクオリティをフィジカルに確かめたいバイヤーが多く、eNamではほぼ取引がないようでした。
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次の日、グナにあるコリアンダーの加工ユニットを見学させていただきました。この日はカラーソーティングしか稼働していませんでしたが、設備としては以下のものがあり、①から⑤まで出荷先の要望に応じて加工をします。
①クリーニング/グレーディング(不純物の除去/形状による選別)
②カラーソーティング(色による選別)
③パウダリング(粉砕加工)
④スチームマシン(スチームによる殺菌)
⑤パッケージング(梱包)
次に、加工ユニットのすぐ裏手にあるコールドストレージを見学させていただきました。
「このコールドストレージでは、コリアンダーなど鮮度を保ちたい農作物を、季節に応じて温度を調整しながら4度から8度の温度で貯蔵している。冷却にはより安価で早く冷やせるアンモニア装置を使っているよ。何せ、停電を心配する必要もないからね。」
この施設のオーナーのプラディープさんが話してくれました。初めにグナは「グリーンコリアンダー」が有名だという話をしましたが、常温保存では時間の経過とともに色も香りも損なわれてしまいます。そこで、コールドストレージでの保存が重要というわけです。一方で、流通の段階では常温での輸送が主流です。コーヒーなどは低温を維持するリーファーコンテナでの輸送方法もとられていますが、スパイスはそこには至っていません。
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さらにラッキーなことに、偶然グナで行われていたFAO(国際連合食糧農業機関)のトレーニングプログラムの夕食に招いていただくことができました。このプログラムでは、農家たちが舞台演劇の団員たちとレクリエーションのような形で、生産性の向上や、食品安全性、衛生管理について楽しく学び、ディスカッションします。日本では浸透していませんが「農業×エデュテイメント」は世界では様々な形で行われているようです。
その翌日は、200エーカーのオーガニック農園を所有し、FPOのオーナーも務めるヤシパルさんの農園を見学できることになりました。ローカルバスに1時間揺られ、アショークナガーというターミナルで下車。オーナーの弟さんのお迎えで、バイクで畑へと向かいます。所有する200エーカーのうち、80エーカーはコリアンダーを生産しているそうで、畑に到着すると、15日ほど前に種を蒔いたという可愛らしいコリアンダーがすくすくと育っていました。
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そこへヤシパルさんが合流し、他の畑も案内をしてくれました。労働者の人たちが灌漑のパイプを外そうとしていると、ヤシパルさんが積極的に手を動かして、お手本を見せている姿が印象的でした。
自宅へと伺うと、最初に驚いたのはその牛の数。牛ふんから堆肥を作るにだけでなく、固形燃料としてカウダンを作り、さらにはバイオガス発電もしていたのです。ヤシパルさんは20人の労働者を雇用し、敷地内の住まいを提供していますが、その一帯のエネルギーを13年前からバイオガスとソーラーパネルで供給してきたそうです。加えて、電動スクーターも所有し、再エネで充電する徹底ぶりに、ただただ脱帽しました。
こうした循環型の暮らしは、長期的にはコストを削減したり、一日中エネルギーを使えるというメリットもありますが、気候変動に対する危機感もヤシパルさんを動かしているようです。実際に、気候変動の影響で隣のグジャラート州ではクミンの収穫量が減る事態が起きていますが、コリアンダーも同じリスクを抱えているのです。
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その日、ヤシパルさんのお宅に泊めていただき、キッチンで奥さんの調理を見学させていただきました。カウダンを燃やしスパイスで野菜を煮込み、自家製バターをチャパティに塗ります。チャイを沸かすコンロの方には、もちろんバイオガスを使用しています。
「ここで使用されている電気、ガス、牛乳、穀物、野菜、果実は自分たちで作っているんです。私たちの暮らしをどう思いますか?」
そんな風に聞かれると、思わず言葉に詰まりました。そして「素晴らしい」としか言えないまま、私はしばらくかまどの火を見つめていました。その日の夕食の味は、格別だったことはご想像の通りです。
寝室へと向かう頃、ちょうど停電になり、満月と星空が浮かび上がりました。ヤシパルさんは寝室の外の壁のない広い廊下で寝る準備をしています。寒くないかと聞くと、外の空気が気持ちがいいと言いました。しばらくFPO関連の電話をしている声が聞こえた後、静かになり、私も眠りにつきました。
翌朝5時過ぎに起きると、キッチンでは息子さんのお弁当を作る奥さんの姿が。そこへ、ヤシパルさんがバケツに搾りたてのミルクを持ってやってきました。奥さんがミルクでチャイを沸かしていると、労働者の家の子どもがポットを持ってやってきて、奥さんにチャイを注いでもらっていました。ここで暮らす労働者の人たちの収入は月に6000ルピーですが、ヤシパルさんは住まいだけでなく、食料と医療費を提供しているのだそうです。
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グナの街へと戻るバスの中で、私は改めてスパイスを通して何ができるかを考えていました。持続可能なスパイスの未来を、日本企業と一緒に創っていきたいとい想いは変わりませんが、生産者の人たちの暮らしや想いを伝えることを、もっと一般の人たちに広く楽しく伝えたい。「農業×エデュテイメント」をもっと尖らせて、「スパイス×エデュテイメント」をやりたい。
一緒にできそうな仲間も、素晴らしい生産者も、大体揃ってきました。あとは、実現に向けて行動するだけ!スパイスの旅も残り2ヶ月。残りの旅を充実させつつ、帰国後に向けて少しずつ準備をしていきたいと思います。
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