『自称健常者』が1番危ない
「フツウはさ〜」から始まる会話で有益なものなどひとつもない
普通とは。辞書で引いてみよう。
だそうです。
私の『普通』は
1日が24時間で区切られている事
東西南北の方向が決まっている事
路面凍結した坂道は滑りやすい事
赤信号では止まる事
人間には塩と水が必要な事
………くらいだと思っている。
『フツウはさ〜』を枕言葉にして展開できる話は、上記5点くらいしかないよね?
他のことに『普通』を当てはめて人とコミュニケーションするなど、ズレるに決まっているし、通じると思うことに無理があると思っている。
それなのに。
自分ひとりの視点で得た細々とした小さい体験の積み重ねを『普通』として扱い、その普通を他人に通じる前提で押し付け、それが通じないことで落胆して怒る人の多さに驚くことが多い。
視野が狭くて恥ずかしいとしか言いようがないんだが、『フツウはさ〜』は自信満々にその視野の狭さで他人に迫っていくから怖い。
そしてそういう人の数は多い。とても多い。がっかりするくらい多い。
「私はまともで健常である」という立場に自分を据え置いて、誰かを批判したい人の口から『フツウは〜』が出てくる頻度が高いが、そんな事言う人には自分の世界の狭さと、体験の乏しさと、思いやりのなさを自覚して欲しいし、他人の事よりもご自身が未熟な人間であることに目を向けてくださいなと言いたい。
相手を尊重することも誰かから尊重されたこともない、限定された狭い範囲で人間関係が雑に構築されたゴミ箱みたいな場所で良く聞くフレーズなので、就職先の先輩や、幼稚園ママが『フツウはさ〜』と立腹してるようなら、かなり勉強不足な人が集まっている風通し悪い場所だと判断がつくし、自分が『フツウはさ〜』を言いたくなったら、己の傲慢さや知恵のなさを憂いて黙った方が良いと思う。
親子でも通じる『普通』などない
親の経験値で得た「普通」は、親より後に生まれて圧倒的に経験不足な子供に通じないのは当たり前なので、いちいち『フツウはさ〜』を枕詞にして苦言を呈する親御さんを見ると、子供をいじめてるように見える。
そんな言葉をかけたところで子供が無駄に自信をなくしたり、反抗的になるだけなので、自分からコミュニケーションが壊れるような言葉をふっかけておきながら、落胆したり反抗的になった我が子を「劣った存在」として悪く言う親を許せない気持ちで眺めてしまう。無自覚ないじめっこ体質の親には寒気がする。
平気で他者をいじめる『自称健常者』は異常です。
そういう言葉の表現が粗末ないじめっ子体質の大人は社会にも多い。
『フツウはさ〜』を掲げた人の言葉で傷付いた人がもしいたら、えっ……私がおかしいのかなぁと不安になるだろうけど、私からすると『普通』っていうのは冒頭に掲げた5点くらいなので、もしこの5点以外のことで何か言われたなら、無視して安心して良いんじゃないですかね、と思う。
『フツウはさ〜』からはじまる説教や苦言があったなら、説明不足すぎて表現を間違っている可能性が高いし、何の価値もない単なる悪口の可能性も高い。未熟な人が何か言いたいけど失敗して間違えている状態なので、本当に無視して良いと思う。
『フツウはこうするよね〜』とか『フツウはさ〜』という、偉そうな口調の冷ややかな表現に萎縮することなく、心穏やかに過ごしたいですね。
説明は丁寧に。
人とコミュニケーションして、何かが噛み合わなくて言いたいことがあるならば。
「普通」という自分を正しい健常者の立場に立たせて感情的になった異常な振る舞いは不毛です。信頼関係は壊れるし良いことがない。
相手の言動と自分がズレているように感じられて、それでも今後仲良く協力したいなら、相手に伝わるような静かな口調で、言いたいことは自分の言葉を尽くして相手に伝えたいと思います。
出勤4回目の超・超・超新人の私に対して、めちゃくちゃ理不尽な怒り方をした人がいた2025年1月の所感でした。自分の文章で自分を慰めています。