月の夜に黄金の花
私の今までの会社人生の中で、最高のメンバーに囲まれていたと感じる時期は、一回だけある。
それは、会社に入社して一年目から二年目までのことだ。
当時私が所属していた山奥の建設現場では、大規模な地すべりが発生していた。
その対策工事に加え、一般の建設工事も重なり、ある意味では黄金期を迎えていた。そのため、全国各地の様々な会社から、最強のプロフェッショナルたちが集結していた。
これ以上のメンバーが集まることは、これからの私の会社人生ではきっともうない。それくらい、彼らの知識と、技術力の高さのすごさには、ルーキーの私にとって圧倒されるものがあった。
認めたくはないが、私には、いわゆる『ゆとり』が入っている。だからなのか、ハングリー精神のようなものがない。恐らく生涯、うだつが上がることはないだろう。
なのに、その現場に私がいたのが不思議だ。
私の会社では、その建設所に必ずひとり、新人を置く、といくことになっていた。
なぜ私が選ばれたか、後に人事から聞いたところ、ただ「出身地がその現場から一番遠かったから」だそうだ。
嘘でも、もうちょっとやる気が出る回答が欲しかった(笑)。
私の最初の上司だった人は、私が会社の同僚とだけ関係を築くのをよしとしなかった。
頻繁に彼は、よその会社の人に掛け合い、私に調査の手法や、工事の施工を見せるよう頼んでくれた。
その度、私は、組織や専門が全く違う人の背中を追い、現場を駆けた。私の面倒を見ても、一銭にもならない人たちに迷惑だけはかけたくなかった。
だけど、彼らは「ここで出会った新人はみんなのもの」と、一から六くらいまで丁寧に教えてくれた。
なぜ、十までじゃないのかという理由は、私も後に新人を指導する際に経験して、理解した。
残りの四は、自分で勉強し、考え、補完すべきところであるからだ。この四にあたる部分を積み上げると、何かの真似事ではなく、様々な不測の事態が生じた際、対応できる力になるはずと思う。
仕事は結構大変で、私の要領が悪いのも相まって、労働時間も、会社人生の中で最も多かったはずなのに、キツかったという記憶は消えている。
印象深く残っているのが、地すべりの斜面が変状していないかを確認するための夜勤中にあった出来事だ。
地質の専門家らと夜中の巡視中に見た、満天の星空が美しかった日は、社食で作ってもらった夜食の唐揚げがやたらと美味しかったということ。
そして、事務所でシステムの監視をしている時に、警察から自害を希望する人が山に入ったから、監視カメラで状況を見てほしいと依頼されて緊張が頂点に達してしまったとか、そんなことがあった。
気が重かったのが、飲み会の二次会に必ず行くカラオケで、音痴なのに歌を歌わないといけなかったことだ。
それを打開すべく、幼児のお遊戯に近いリズム感とスピードで、キーの数ができるだけ少ないものを、大好きな夏川りみさんの楽曲の中から厳選したところ、一曲だけあった。
それは『月の夜』といい、KIROROの楽曲をカバーしたものだ。ほとんどの歌詞が『ちゅっちゅらちゅら』で構成されている。
これを披露したら、私の声が同僚たちの耳にこびりついて離れなくなったらしく、『ちゅっちゅら』沖縄旋風がしばらくの間、事務所内で巻き起こった。
そんなある日、上司が私にくれた一昔前のCDが、初代ネーネーズによる『コザ~ネーネーズ・ベスト・コレクション』だった。
沖縄の音楽をベースに様々な音楽をチャンプルーにしたアルバムの中で、最も私の心に響いたのが『黄金の花』だ。
この曲は、外国人労働者に向けて作られた歌で、お金で心を汚さないように願う歌である。
この曲との出会いが幸いしてか、毎月ちゃんと給料がいただけるからか、給料が上がらなくても、もうひと手間プラスアルファしていいものを残しておこうと仕事に向かえる心の余裕は、なぜかずっと持ち続けている。
この現場の後、私は、自然環境と土木、どこまで人がしていいことなのか、という葛藤も生まれた。そして、多くの人との出会いを通じ、農業のための土木をしようと山から里へ下りた。
もう、山で仕事をすることもこんなに大きな現場に関わることも、多分もうない。
プロフェッショナル集団の中の何人かと、職場で再会し、また一緒に仕事をしたことがあった。
彼らは、相変わらず優秀だったけれど、もうあの時の勢いは全然なくなっていた。それは、年月を経たからではない。
人と人、人と場との出会いは、自分が持っていると思っている能力以上のものを引き出す効果があるからだと思う。
再会した人たちは、私に「作業服がえらい似合うようになったな」とか、彼らの見解についつい物申してしまった私に「あの時は、かわいかったのに」等と言った。
そんな時、ちょっと人として大きくなった気がした。
(完)
本文中に記載の、歌等は以下のとおりです。
KIROROの『月の夜』
夏川りみさんがカバーした『月の夜』
初代ネーネーズによるアルバム『コザ~ネーネーズ・ベスト・コレクション』
このアルバムに収録されている『黄金の花』は、夏川りみさんも歌っています。