本は静かに積み上がる(2023/12特別篇── あなたに紙のお恵みを)
本屋は誘惑の場所だ。
本たちが、「読んでみなよ」と誘う。
あるいは、「読めんのか?」と煽る。
さらに、本の中に引用された本、参考文献としてあげられた本、著者紹介に載っている既刊書などなど、本と本とが手に手を取って、声もなく我が袖を引く(イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』(脇功訳、白水Uブックス)の冒頭部分を思い出しながら)。
負けてはいけない。
いや、負けていいのだ(みんな、もっと負けよう)。
積極的に負けつづけた結果、本は静かに積み上がる。
そして、リアル書店の誘惑は、商品としての本だけにとどまらない。
出版社やレーベルの周年記念冊子、フェアの書目リスト、全集の内容見本など、無料の配布物も待ち構えているのだ。
今回は、私が書店店頭で入手した無料配布物のうち、おそらく最近の発行と見られるものを並べてみる(発行年月日を添えたが、現物に明記されていないものは推定)。
なお、そんなふうに本と本以外の紙の誘惑に負けつづけ、ひたすら積み上げるお前は誰なんだと疑問に思う方は、こちらの2018年の記事をご参照のこと。
文中、敬称は、最大限の敬意を込めて省略する。
1.講談社ブルーバックス創刊60周年記念 (2023年9月1日)
1963年に創刊し、2023年に60周年を迎えた講談社のブルーバックス。
現存する新書レーベルとしては、岩波新書(1938年- )、中公新書(1962年- )に次ぐ歴史を誇る。
一般向けのサイエンス普及や中高生の理系学問入門に、多大な貢献をしている。
この60周年記念冊子は、ブルーバックス60年の略史、編集者による手書きPOP形式でのおすすめ本紹介、ブルーバックスで知ることができる豆知識を収める。
2. 書肆侃侃房短歌カタログ 31文字の世界 (2023年2月22日)
短歌ブームだ。
とくに、最近の若手歌人の活躍を後押ししている出版社が書肆侃侃房である(ほかに左右社やナナロク社も)。
この冊子は、書肆侃侃房刊行の歌集から、2~3首ずつを引用したアンソロジーとなっている。
3.本屋大賞の20年 (2023年4月)
2004年に始まった、書店員の投票で選ばれる「本屋大賞」。
2023年までの過去20回分の受賞作および上位入賞作のリストと大賞受賞作家のコメントとを収める。
その後に文庫化された作品については、書誌情報が更新されている。
4. 21世紀に読むハンナ・アーレント (2023年4月)
『人間の条件』の新訳(牧野雅彦訳、講談社学術文庫、2023年)刊行など、近年も参照・議論される機会の多いハンナ・アーレント。
その生涯を描いたグラフィックノベル『ハンナ・アーレント、三つの逃亡』(ケン・クリムスティーン作、百木漠訳、みすず書房、2023年)刊行に合わせて配布された読書案内リーフレット。
日本語で読めるアーレントの著作および解説書を24冊、みすず書房以外の出版社からも選書してまとめたリストを掲載している。
5.ハヤカワ文庫の100冊 (2023年8月)
ハヤカワ文庫の夏のフェアで配布された。
ジャンル別の100冊リストのほか、けんご📚小説紹介、ハヤカワ五味、ヨビノリたくみ、齋藤明里という4人の「インフルエンサー」による、おすすめ本の紹介も収める。
6.国書刊行会50年の歩み (2023年3月10日)
国書刊行会創業50周年記念小冊子。
ややマニアックな幻想文学や海外ミステリ・SFの翻訳といえば国書刊行会である。
編集者のインタビューやエッセイ、1971年の創業以来の沿革などを収める。
1990年に上京した私は東京都豊島区巣鴨3丁目に住んでいた。すぐ近所に、当時の国書刊行会のオフィスがあり、ビルの入口に書かれた「国書刊行会」の文字を見るたび、「あの門をくぐれば、あの幻想・奇想の世界へと……」とおののきながら、その前を通り過ぎたものである(1993年に板橋区へ本社移転)。
50周年以降も、そんな畏怖の念を起こさせる本を出しつづけてほしい。
7.私が選ぶ国書刊行会の3冊 (2022年11月1日)
これも、国書刊行会創業50周年記念小冊子。
53名の識者が、各3冊の国書刊行会出版物を選び、それらに対する思いをつづっている。
8.『中国料理の世界史』刊行記念フェア「おいしい文化史のごちそうを味わう 中国から日本へ、そして世界へ」ブックフェアリスト (2021年9月)
岩間一弘『中国料理の世界史 美食のナショナリズムをこえて』(慶應義塾大学出版会、2021年)刊行記念のブックフェア選書リスト。
岩間一弘編著『中国料理と近現代日本』(慶應義塾大学出版会)から角山栄『茶の世界史』(中公新書)まで、食文化の歴史に関する本40冊が選ばれている。
9.『歴史学の作法』刊行記念フェア「歴史学の愉しみ」ブックリスト (2022年12月)
2022年度から、高校の科目に「歴史総合」が新設されたこともあり、歴史・歴史学・歴史教育について、あらためて問い直す本が多く目につくようになった。
池上俊一『歴史学の作法』(東京大学出版会、2022年)刊行記念フェアの選書リスト。
遅塚忠躬『史学概論』(東京大学出版会)やジャック・ル・ゴフ『歴史と記憶』(立川孝一訳、法政大学出版局)など。品切れ本も含め32冊が選ばれている。
10. くずし字クイズ (2023年)
柏書房と吉川弘文館による合同の古文書フェアの選書23冊リストと、くずし字や古文書用語、異体字に関するクイズが掲載されたリーフレット。
11. ゆる言語学ラジオが選んだ「言語学出版社フォーラムの本」フェア ブックリスト (2023年7月)
「言語学出版社フォーラム」の幹事会社である、開拓社、研究社、三省堂、小学館、大修館書店、ひつじ書房の7社の本から各5冊・計35冊を、YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」が選び、紀伊國屋書店で開催されたフェアのブックリスト。
「ゆる言語学ラジオ」メインパーソナリティー水野太貴が、各出版社の選書からさらにイチオシを1冊ずつあげ、推薦コメントを添えている。
12. ぐりとぐら すごろく (2023年)
絵本『ぐりとぐら』(中川李枝子・作、山脇百合子・絵、福音館書店)刊行60周年記念フェアにて配布。
すごろくの「あがり」のマスは、みんなであのカステラを食べている。
「ぐりとぐら」シリーズ絵本のリストも掲載されている。
13. 『遅いインターネット』刊行記念フェア「速すぎるインターネットをゆっくり考え直すための30冊」 (2023年)
評論家・「PLANETS」編集長の宇野常寛による『遅いインターネット』の文庫版(幻冬舎文庫)刊行を記念して開催されたフェアの選書リスト。
糸井重里『インターネット的』(PHP文庫)や吉本隆明『共同幻想論』(角川ソフィア文庫)など30冊(品切れ本も含む)。
14.『庭のかたちが生まれるとき』刊行記念選書フェア「身のまわりを見る・考える・つくってみる」 (2023年8月)
山内朋樹『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』(フィルムアート社、2023年)刊行記念選書フェアのリスト。
山内自身が訳したジル・クレマン『動いている庭』(みすず書房)のほか、平倉圭『かたちは思考する』(東京大学出版会)や秋田麻早子『絵を見る技術』(朝日出版社)など25冊(品切れ本も含む)。
15. 2023年岩波文庫フェア名著・名作再発見!小さな一冊をたのしもう(2023年5月)
岩波文庫の『ソクラテスの弁明・クリトン』や『論語』、『ハムレット』、『源氏物語』、『資本論』といった、名著・名作の中でも定番といえるオールジャンル60冊のフェア選書リスト。
この手の必読書的な本は、自分で読まなくても、後世の批判やパロディや断片的な引用やを通して、なんとなく知っている気になりがち。私も半分以上は読んでいない。
ときどき眺めて「そろそろ読まねば」という圧を自分にかけたい。と思いつつ、けっきょく積ん読が増えるわけだが。
16.じんぶん堂3周年記念ブックフェア「知の深呼吸 考える みえてくる」(2023年3月)
人文書の魅力を伝えるウェブサイト「じんぶん堂」の3周年記念ブックフェアの冊子。
柄谷行人、読書猿、三木那由他のほか、出版社の明石書店、朝倉書店、幻戯書房、作品社、春秋社、晶文社、筑摩書房、白水社、平凡社、そして紀伊國屋書店と丸善ジュンク堂書店の書店員11名が、それぞれおすすめの人文書を1冊ずつあげている。
17. 生誕70年・没後20年 ロベルト・ボラーニョ(2023年4月28日)
ロベルト・ボラーニョ(1953-2003)生誕70年・没後20年記念フェアの冊子。
曽我部恵一、古谷田奈月のエッセイのほか、ボラーニョ作品の翻訳者でもある松本健二による「〈ボラーニョ・コレクション〉完結に寄せて」再録や作品リスト・年譜を収める。
18.新潮クレスト・ブックス2023-2024(2023年)
新潮社の翻訳レーベル「新潮クレスト・ブックス」は1998年の刊行開始から2023年で四半世紀。
ジュンパ・ラヒリ、西加奈子のインタビュー、刊行予定6点の紹介、既刊書のリストを収める。
19. おすすめ台湾本(2023年8月)
台湾文化センターと紀伊國屋書店が作成した台湾関連書籍のブックガイド。紀伊國屋書店スタッフ、台湾文化部(文化省)、台湾紀伊國屋書店スタッフがおすすめ本を合わせて50冊紹介している。台湾紀伊國屋書店スタッフは、台湾で出版された原書を15冊(漫画もある)。
PDF版はこちら→ https://store.kinokuniya.co.jp/wp-content/uploads/2023/08/kino_taiwanbook_23-8-2A.pdf
2022年には『臺灣書旅』という「台湾を知るためのブックガイド」も発行した。そちらは約400冊を紹介した網羅的な内容。
PDF版はこちらのリンク先からジャンルごとにダウンロード可能→ https://store.kinokuniya.co.jp/event/taiwan-bookguide2022/
20. 人文会がおすすめする高校生のためのブックガイド2023(2023年)
人文会の会員出版社は、この冊子の発行時点で18社。
大月書店、紀伊國屋書店、慶應義塾大学出版会、勁草書房、春秋社、晶文社、誠信書房、青土社、創元社、筑摩書房、東京大学出版会、日本評論社、白水社、平凡社、法政大学出版局、みすず書房、ミネルヴァ書房、吉川弘文館。
吉川浩満『哲学の門前』(紀伊國屋書店)や津村記久子『苦手から始める作文教室』(筑摩書房)など、高校生向けのおすすめ本36冊を収めたブックフェアリスト。
さて、ここまで紹介して、本屋は本を買うだけじゃない楽しみがあるので、みんな本屋へ行こう! という結語でしめくくろうと思ったが、それとは別に、ひとつふたつの提案というかお願いを。
まずひとつは、あらゆる紙モノに日付を入れよ!
同人誌やZINEのような冊子だけでなく、ちょっとした告知チラシに至るまで、発行年月日が記載されているだけで、史料としての価値が飛躍的に向上する。
もうひとつは、出版社と書店向けになるが、フェアを開催したらそのリストを公開せよ!
今回紹介したような、紙に印刷されたものはコストがかさむというなら、ウェブ上で検索に引っかかるようなかたち(テキストデータやPDF)で。