フォクトレンダー ULTRON 40mm F2と「視線のモード」
フィルムカメラの時代に使っていた40mmという珍しい焦点距離のレンズがあります。単焦点で全長が短い「パンケーキレンズ」です。
すでに生産は終了していて後継機種があり、価格.comにはレビューが少ないのでこのレンズについてのよしなしごとを書き残します。
(微妙な焦点距離のレンズについてはこちらもご参照ください。『40mm付近の微妙な焦点距離の単焦点レンズ(Fマウント)まとめ 』)
ハマる画角
もともとはフィルムカメラの時代に購入し、主にNikon F3に付けて使っていたレンズです。当然、マニュアルフォーカスです。
【COSINA VOIGTLANDER ULTRON 40mm F2 Aspherical SL(2002-2007)】
ピントが合った部分はカリッとシャープになるけど、ボケは滑らかに伸びていくのでリバーサルフィルムに写しこんだ景色や、ポートレートもキレイな小物も、宝石のように見えた記憶があります。
解放F2のボケ感はこんな感じ。
F4に絞ると
ジャンルとしては標準域に入る画角ですが、35mmほど広すぎず50mmほど狭すぎず、いい雰囲気に撮れるので気に入っていたのです。しかしデジタル移行に伴いAPS-Cのサイズになって使いにくくなり、防湿庫に眠っていました。
それがフルサイズ機に移行して久しぶりにその画角を味わうと「やっぱりいいな」と思うわけです。しかもちょっとエモい。
50mmの標準にはない、別の意味の「やさしい、自然な雰囲気」を感じるので、ちょっとその理屈を考えてみました。
標準=見た目に近い=自然なのか?
50mmの標準レンズを「自然な見た目に近い」と表現することがありますが、そこでいう「自然な」とか「見た目に近い」には、いくつかのバラバラな意味がごちゃまぜになっています。
おそらくそれは「遠近感」と「フレームによる視野」と「注視野」の問題がまとめられちゃった結果であって、個別には実はそうでもない(自然でもない)のです。
ちなみに、裸眼(眼鏡でもいいけど、ファインダーをのぞいていない状態)とファインダーをのぞいた状態を比べると、裸眼の見た目に近いのは70mmぐらいの焦点距離の方が多いと思います。(これはフルサイズの一眼レフだとファインダー倍率が0.7付近であることが多いからです。)
遠近感は撮影距離に依存する
「遠近感」に関していえば、50mm付近の一眼レフレンズは大抵ガウスタイプの構成になっていて、最短撮影距離が50cmとか45cmです。
これ以上近づくことができないため、被写体の「線」を使った構図による「遠近感」の表現には限度があります。
「遠近感」を強調することができないため「自然な」雰囲気に近い撮影をしてしまうのでしょう。
ただしこれは「ピントが合っている」ことを条件にしたときの話なので、前ボケをうまく取り入れた場合は、50mmだって「遠近感」を強調することはできます。
その場合、見慣れたアングルではないため「自然な」雰囲気は失われます。
焦点距離が短いレンズだとピントが合っている範囲で、もっと近づくことができて、かつ広い範囲をフレームに押し込めることができるため「遠近感」が強調され、「自然ではない」表現になるわけです。
視野とフレームは別物
次に肉眼の機能による「視野」とカメラの「フレーム」の混同があります。両目に平均的な視力がある大人は、水平に180~200度、上に約75度、下に約50度で垂直に125度の範囲が「見えて」います。レンズとしてはフィッシュアイでも足りないぐらいです。
そもそも写真に収める範囲は「フレーム」に区切られているわけで、上記の視野が楕円形の範囲を形成していることとは同じに考えられません。つまり「人間の視野に近い」という表現には間違いが含まれています。
ただ視野の範囲に「見えて」いる対象を正確に認識できるかというと、そんなことはありません。
注視野という範囲
肉眼で頭を動かさずにピントを合わせてはっきりと視認することができる視野の範囲は水平に60~90度、垂直に45度~70度程度で「安定注視野」とよびます。
さらにこのうち、情報として受容し認識することがスムーズにできる「有効視野」は水平30度、垂直20度程度なのです。
これは焦点距離として計算すると、67mm相当です。
ちなみに数値の上で「安定注視野」の範囲に近いのは、18mmで、水平約90度 垂直約67度です。この辺が頭を動かさずに注視できる限界に近い範囲です。
メガネの人が目が辛くなくてフレーム内にも入る程度だと28mm(水平65度 垂直46度)ぐらいか。
あれ?いったい50mmはどこにいったの?という話になります。
「視線のモード」と切り取る範囲
50mmのレンズで撮った写真が「見た目に近い」「自然な」感じになるのは、安定注視野の中で有効視野よりはちょっと広い範囲を、最短撮影距離より遠くから遠近感を強調せずに切り取ってしまう結果なのです。
50mmの場合、水平約40度、垂直約27度になるためこの範囲は有効視野に対して左右5度ずつ、上下に3.5度ずつのマージンを持った範囲ということになります。
この切り取る範囲を見ているときの気分を、ここでは「視線のモード」と呼ぶことにします。50mmで切り取る範囲は情報処理を目的としてみるわけではないけど、少なくとも「見ようとして」いる「視線のモード」に相当するように思えます。
何気ないスナップ写真としては、ちょっと狭い印象です。もっと言えば主題をはっきりさせて「見せるべきものを見せる撮影」が多くなる焦点距離なんだと思います。
これが40mmになると、水平約48度、垂直33度ということで有効視野の1.5倍超の範囲がフレームに収まることになります。
この視野の範囲を「視線のモード」として定義づけるなら、「見てるけど情報処理を目的としてみてるわけではない」あるいは「リラックスしてぼんやり見てる」感じに近いのではないかと思うのです。
そんな視線のモードゆえに、「狙ってシャッターを切る」というより「気楽に見えたものを撮る」という、ゆるい感じが「やさしい、自然な雰囲気」を映し出してくれるのではないかと。
仲の良い家族や近しい友人との距離感、ちょっと道端で見かけた面白いものや味わいのある風景を撮っておきたいな、と思った瞬間の距離感、その曖昧な感じ。
あるいは心を通じさせているけど、あと一歩踏み込めてない恋人同士とか。
作為を感じない程度の切り取り具合に撮影者を誘導していく、40mmとはそんな焦点距離のレンズなんではないかと思うのです。
上から、
1/30 絞り優先 -1.3補正
1/640 絞り優先 補正なし
1/640 絞り優先 -1.7補正
流通している個体がもう少ないので、見つけたらちょっと迷ってみてはいかがでしょう。後継機種もあるので運が良ければ見つけられるとは思います。
40mm付近の焦点距離を持つレンズたちと一緒にこちらの記事に歴代のULTRONのラインナップもまとめました。
つたない作例も置いてあります。
ちなみに、1.2クロップのあるボディなら35mmのレンズで42mm、DXフォーマットで使うなら28mmが42mmになるので、画角に関していえば同じような感覚のフレームとして使うことができます。
50mmにこだわりたい方にはこちらに一覧をまとめてあります。