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外資からSaaSスタートアップ入社後、エンタープライズ市場立ち上げの60日間で行った全て

こんにちは、志村(@hiro_shimu)です。早いもので、外資スタートアップから日系スタートアップのHolmes(ホームズ)に入社してもうすぐ2ヶ月がたちます。

そしてあっという間に年末がやってきますね。私は今日が仕事納めです。

この記事は私がここ2ヶ月、エンタープライズ市場立ち上げの責任者として何を考え何を実行してきたのか振り返るものです。

<想定読者>
・SaaSスタートアップ経営者、営業責任者
・B2B SaaS事業を立ち上げている方
・エンタープライズ市場の開拓を担当している方


1. 60日間を振り返った所感

まずは何よりも、過去にお世話になったお客様、パートナー様、同僚たちに声をかけてまた一緒に仕事ができることをとてもうれしく思いました。直近の仕事にはつながらなくても、久しぶりにお話してお互いの状況をアップデートするだけでとにかく楽しかったです。

結局、ビジネスは人と人とのつながりなんだなということを最近はより実感しています。今後もこのつながりは大切にしたいと改めて思いました。

2. 外資とのギャップを感じたスタートダッシュ

私は12年振りに外資から日系企業に戻ってきたのですが、改めて感じたのは以下のギャップです。

・外資は即戦力のプロ集団
vs. 未経験の若手が多い日系スタートアップ

・外資は資金調達のエコシステムが確立しているため、プロダクト開発やマーケティングに投入できる資金量が圧倒的に多い
vs. 日本のVCエコシステムは発展途上のためスタートアップが調達できる資金には限りがあり、開発もマーケティングも規模やスピードで劣る

・外資は最初からグローバル対応を考慮したプロダクト設計を行っている
vs. 日系スタートアップの多くは日本市場(日本語対応)のみに閉じたスケールの小さなビジネスをしている

外資の場合は本国でPMFを達成してから日本市場に入ってくる場合が多いので日系スタートアップと単純に比較はできませんが、入社してすぐに「このままやってたら今後日本に参入してくる競合外資には勝てないな」と思いました。

では、日本のSaaSスタートアップの勝ち筋はどこか?
ターゲティング、初期の攻め方、プロダクト戦略、採用まで、60日間考えてやってきたことをお伝えします。

3. 絞り切ったターゲティング、日系SaaS導入企業を攻める

スタートアップは資金も人も限られているので、絶対に勝ちたい領域にリソースを集中投下できるよう、ターゲットを絞り込む必要があります。全方位でやるのは逆によい結果を生みません。戦略とはターゲットの絞り込みです。

日系のSaaSスタートアップは、シリーズAくらいまではインバウンドリード&SMB市場主体で成長できるものの、そこからスケールするときにエンタープライズ市場の開拓に悩むことが多いです。Holmesもそれに近い状態でした。

CEOから私への期待はエンタープライズ市場を立ち上げること。明確です。

私が以前、Box Japanの初期メンバーとしてエンタープライズ市場の立ち上げを行ったときを振り返ると、Salesforceの顧客をターゲットに営業活動を行って成功しました。

2014年当時のSalesforce顧客は、SaaSのアーリーアダプターなのでBoxも受け入れてくれやすいと考えたことが功を奏しました。

しかしそれは、Boxがすでにグローバルで高い評価を受けていたプロダクトであり、第三者評価機関ガートナーのMagic Quadrant(MQ)でリーダーポジションにいたからこそ、CxOなどの意思決定者を説得できた面があります。

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出典:Gartner Magic Quadrant

ではMQに格付けされていない日系のSaaSスタートアップが、その方法をどう応用できるか?私の仮説は、日系SaaSでエンタープライズの実績があるSanSan、SmartHR、クラウドサインなどの顧客をターゲットにすることです。

日系SaaSを導入した企業のCxOは、プロダクトのよさやROIを重視はするものの、それに加えて「ビジョンに共感する日系スタートアップを育てる」という意識もあるのではないでしょうか。

ところで、エンタープライズ市場を攻略するにはアウトバウンドのインサイドセールス組織(BDR: Business Development Representative)が必要不可欠です。

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出典:BDRとは?意味・SDRとの違い

さっそく私のチームにBDRメンバーを配置し(リソースの関係上、当面はインバウンド対応も兼任です)、上記に加えて相性のよい業界や法務系のインフルエンサーなどの観点からターゲットリストを作り、アウトバウンド活動を開始しています。

4. エンタープライズ市場の攻め方

私がHolmesに入社したタイミングでは、そもそもエンタープライズの案件が少ないのが課題だと思ったため、自分のコネクションなどを活用して2ヶ月で15件の新規案件を創出しました(11月の早い段階で「年末までに15件作る!」と社内に宣言してギリギリ達成できました)。

以前お世話になったお客様に転職のご挨拶をメールするとき自社ソリューションのご紹介機会をあわせて依頼していったわけですが、忙しい中わざわざお時間を取っていただくために、そのお客様における具体的なユースケースや提供価値を示して情報交換するメリットを感じていただくのを意識した結果、高確率でお会いできたのかなと思います。

スタートアップでは、まずは個人の力で実績を作る必要があると私は思っています。来期はその顧客実績を武器にしてマーケティング活動を積極的に行い、インバウンドでもより多くのリード創出を狙います。

エンタープライズセールスにおいて全社導入を狙う場合、定石なのはポテンシャルのあるお客様を選定してアカウントプランを作成/運用することです。すでに何社か選定してプランを作成し、その運用に入っています。

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Holmesが提供するホームズクラウド は、法務部 + 事業部 => 全社導入が狙えるプロダクトです。法務部を起点に少しずつ事業部に広げていくのも手ですが、それだとどうしても時間がかかります。

IT戦略部/DX部/経営企画部など、全社横串の施策を司る部門にチャンピオンを見つけられると一気に案件が進むので、それも意識してお客様とのリレーション構築を進めています。

また、エンタープライズでは営業1人に多くの顧客を担当させるよりも、担当社数を絞って頭数をそろえたほうが結果的には売上の最大化につながると私は考えています。

つい先日、念願かなって私のチームに優秀なプリセールス第1号を採用することができました。これでエンタープライズ向けの提案力を一気に強化できます。とはいえまだまだ営業部隊は「少数精鋭」の状態なので、その制約の中で最大の成果を生み出すよう戦略を練る必要があります。

責任者が戦略を誤ると会社に大きな損害を与える可能性があるため、今後もその時点の最適解をしっかり考え抜いて意思決定を行っていきます。

5. 「刺さる」初回訪問のプレゼン

刺さる初回訪問資料の作り方やデモの見せ方、提案書で外せないポイントなどTipsはいろいろあります。入社2週間でビジネスの現状やプロダクトに関するインプットを終え、3週間目には私なりに「刺さる」初回訪問資料とデモシナリオを書き上げてメンバーに共有し、自分でも実践してブラッシュアップしてきました。

例えばお客様との初回打合せで、いきなりプロダクトの説明から入っている方はいないでしょうか?

まずはそのプロダクトが必要とされている時代背景・業界課題から入ると、そのあとの説明をスッと腹落ちして聞いてもらいやすくなります。そのようなスライドが不足していたので追加したりしました。

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また、潜在ニーズはお客様自身では言語化できないので、こちらが示してあげる必要があります。

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私がBoxにいたとき、全社のプラットフォームとして活用できるイメージをデモしたところ「まさにこういうのが欲しかったんですよ!」と何度も言っていただきました。プロダクトの見せ方は本当に重要です。

初回訪問ではあえてデモを見せずに課題のヒアリングやニーズの顕在化に集中する手法もありますが、お客様にとって新たな世界観となるデモを披露することでこちらのペースでヒアリングを深堀りしていけるので、汎用的なシナリオであっても初回からデモを見せることを私はオススメします。

こうあるべきと提言するのがいわゆる「チャレンジャー」ですが、押しつけがましくならない程度感は営業センスや人柄に依存するかもしれません。

聞き出すのは尋問、話してもらうのが傾聴。

話していただいて、お客様自身の言葉でご理解いただく(解決したいと認識していただく)のがニーズの顕在化なのですが、これはまさに「言うは易く行うは難し」ですね。私もまだまだ勉強中です。

6. エンタープライズに必須の導入支援パートナー

SaaSは設定が比較的容易とはいえ、ServiceNowやWorkdayなどの全社基盤系のプロダクトはインプリが大規模かつチェンジマネジメントも必要になるため、コンサル各社は全社導入プロジェクトとして数億〜数十億円単位の提案にして積極的に大企業に売り込んでいます。これはパートナーシップの好例といえます。

ホームズクラウドは全社導入であってもそこまで大規模な導入プロジェクトにはなりませんが、エンタープライズの場合はシングルサインオン、異動を考慮した人事マスタ連携やワークフローシステムとのデータ連携、利用部門への教育/研修、運用設計、ドキュメント作成などの役務は発生するため、導入支援パートナーは必須になります。

また、案件創出の観点でもリセラーパートナーや製品連携パートナーがいるといないとでは大違いです。これまでは直販メインでやってきたため、来期はパートナーのリクルーティングにももっと力を入れたいと思っています。

7. 対外資の戦略は、日本市場での優位性をいかに築いておけるか

Salesforceは創業の翌年に日本法人をつくりましたが、Slack、Zoom、Box、Workdayはまるで示し合わせたように8年後、そして今年日本参入を果たしたOktaは11年後となっています。

日本のIT市場は巨大にもかかわらず、なぜグローバルのカテゴリーリーダーは日本市場の参入にそれだけ慎重なのか?

それは、日本向けのローカライズ(言語・商習慣・オペレーション対応)が割に合わないと判断していたからです。まずはSaaSの最大市場である北米や英語圏にフォーカスするというのは合理的な考えです。

マーク・ベニオフはもともと日本が大好きで、文化や商習慣への理解があったからこそリスクをとって意思決定できた珍しいケースです。大成功を収めているSalesforce日本法人の現状をみると、本当に先見性のある経営者だなと思います。

Holmesが提供するのは契約ライフサイクルマネジメント(CLM)という新しい領域で、日本ではまだこのカテゴリーのプロダクトを提供しているところは多くありません。しかしMagic QuadrantやForrester Waveといった調査レポートではすでにCLMはカテゴリーとして確立しており、そのグローバルリーダー企業が日本に参入してくるのは時間の問題です。

それまでにいかに日本市場での優位性を築いておけるか?ユーザーコミュニティの発展(ファンの拡大と組織化)なども含め、ビジネス展開のスピードについては常に意識しておかなければなりません。

8. プロダクト戦略の肝は2つだけ

どんなSaaSプロダクトでも、お客様の社内に同カテゴリーの既存システムがある場合、リプレースは難しくなります。

プロダクト戦略の肝は、
1. まったく新しいカテゴリーを創造するか
2. ユニークなポジショニングにするか
です。

スタートアップ社内の標準コミュニケーションツールが Slack + G Suite + Zoom なのはつまりそういうことです。

なのでエンタープライズ向けに限らず、Holmesのようなプラットフォーム系のSaaSプロダクトなら数多くの連携コネクタを用意してエコシステムを築くのが王道ということになります。

連携コネクタに限らずですが、お客様の声や自分の仮説から優先順位をつけて、プロダクトチームに随時フィードバックや機能リクエストを上げています。例えば、グローバル展開している日系大手企業や外資系企業に提案するには国際化対応(英語UI)はMUST要件なので、早めに実装してもらうよう依頼しました。

いずれにせよ、プロダクトチームとのコミュニケーションは外資に比べると圧倒的に距離が近く、しっかりキャッチボールしている感があってとても心地よいです。

HolmesもSmartHRさんのように、プロダクトマネージャーとプロダクトマーケティングマネージャー(PMM)を分けて配置し、PMMはよりビジネス側のメンバーとコミュニケーションをとっています。この役割分担は今のところうまく機能しているように思います。

9. プライシングは経営、Salesforce型かBox型か

値決めは経営といわれます。
スタートアップにとってプライシングは重要な経営課題です。

プライシングの考え方は、大きく分けるとまずユーザー課金と従量課金があります。そして、複数エディションを用意することでアップセルしやすくなり、複数プロダクトを持つことでクロスセルできるようになります。売上の最大化をどう実現するか?ユーザー数の追加だけに頼ってはいけません。

SaaSに多いユーザー課金型の場合、プロダクトによって契約ライセンス数までしかユーザー登録できないものと、契約数以上のユーザーでもあえて追加登録できるようにしているものがあります。Salesforceは前者、Boxは後者のパターンです。

後者にしている理由は、顧客社内で自然に利用が広がり離れられなくなった頃に、追加分のライセンス料について提案するためです。これも含めてプライシング戦略といえます。

SaaS プライシングの違い

Holmesでは現在進めている新機能開発のリリースタイミングなども考慮して、今後プライシングを改定することを考えています。その重要な経営課題に関われることもまた、日系スタートアップで働く醍醐味だと思います。

10. 採用で重要視するポイント

日系のSaaSスタートアップが優秀なエンタープライズセールスをどう採用すべきか?経験があり、ターゲットとしている企業のキーマンと人脈があるような営業を採用するのが効果的に思えますが、そういった実績のある方々は外資に在籍していて給与がとても高いことが多く、資金に制約のあるスタートアップが同額以上のオファーを出すことは難しいです。

また、PMFを達成した「完成品」を売るのに慣れた人が「発展途上」のプロダクトをすんなり売れるかどうか、スタートアップのカルチャーに合うかどうか、未知の部分もあります。

そういった背景から、日系SaaSスタートアップはある程度の経験・実績があってモチベーションの高い若手を、ポテンシャル採用して育て上げるのがよいのではないかと私は思っています。

私はこれまで何人もの採用に関わってきましたが、自分が面接官として重視している要素は「人柄」と「ポテンシャル」です。

特にスタートアップフェーズでは、ネガティブな人が1人いるだけであっという間に組織全体に伝染するリスクがあるため、人柄や会社のバリュー/価値観へのマッチ度は慎重な見極めが必要となります。

該当職務に必要なスキルについては入社後に育てる想定で最低限満たしていればよく、とにかく経験よりも好奇心、洞察力、情熱、共感性などポテンシャルのほうを高く評価したほうがよいと思っています(さらに自己利益よりもグループを優先する謙虚さを兼ね備えているようであればベスト)。

とはいえ、なかなかそのような人材には出会えませんし、出会えたとしても他社と争奪戦になることが多いので、面接の中でしっかりと自社の魅力や候補者にとってのメリットを伝える努力も忘れてはいけません。候補者と面接官の立場は対等です。

自分の例も含めて、最近は本当に外資から日系スタートアップに人が移動していると感じます。いろいろ理由はあると思いますが、「お金よりやりがい」と考える人が増えているのも一因かもしれません。

とはいえ外資から日系スタートアップに転職するとき、年収ダウンが気になる方は多いと思いますが、そんな方にぜひお伝えしたいことがあります。

ぜひ安心してチャレンジしていただければと思います!

11. 来期への抱負

Holmesの主戦場であるCLMという領域は、一般的にはまだ認知されていない市場です。そんな中、プロダクトのさらなる完成度向上やカスタマーサクセス組織の基盤を固めるといったことも非常に大切ではありますが、スタートアップである以上、しっかりと成果/売上を出すこともまた重要です。

今期の成長率を大幅に上回るアグレッシブなFY21セールスプランを作成し、すでにチームメンバーに共有しました。正直、これはかなりのチャレンジになります。

しかしそれだからこそ、やりがいがあるというものです。年末年始でしっかりと英気を養い、来期は結果にこだわりチーム一丸となって達成を実現したいと思います。

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日系スタートアップ界隈の皆さまにお役立ていただけるよう、できるだけリアルに書いてみたつもりですがいかがでしたでしょうか?もし楽しんでいただけたら幸いです。

外資SaaSユニコーンの立ち上げ・グロース戦略についても別noteで書いておりますので、もしよかったらこちらもご覧ください。

そして今後もエンタープライズSaaSやスタートアップに関する情報発信をしていくので、Twitterもぜひフォローしていただければと思います。

それでは少し早いですが、皆さまどうぞよいお年をお迎えくださいませ。

後日追記

※ Holmes(ホームズ)は、2021年8月に社名をContractS(コントラクツ)に変更しました。

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