❝後ろめたさ❞は迎合クセの名残り。
最近、noteのブロック機能を数回使用した。
後ろめたさがあった。
一年前に私の性被害についての記事に「もっとすごい話があるぞ?」と不快なコメントをしてくる男性が現れた際には、3回目のコメントが来たときに「人を不快にして楽しむタイプかな?、気持ち悪っ」と容赦なくブロックしました。
こういった「悪意ある方」はブロックしやすいのです。
ただ「アナタが心配だから」とメールのやり取りまでしたがる方。
「心配だから助言してるのよ」とばかりにコメント欄に「〜は試したのか!〜はやったのか!」と怒鳴るように書き込みをされる方(コメントで怒鳴る方って初めてで困惑しましたね)。
「アナタの言うこと解るわ〜」と共感はしてくださるんだけど「他の障害を持つ人を悪く言う」コメントを残される方。
しばらく心身が弱ってしまいます。
私は虐待サバイバーのPTSD持ちです。
そして発達障害持ちでもあります。
私…どっちも持ってるから、そんな風に言われると傷つく……
意を決してブロックに踏み切りました。
しばらく本当に
「心配してくださったのにブロックしてしまった…」
と落ち込みました。
解ってはいるんです。
こういった場でブロック機能を使うことは大切だし、そもそも「自分が弱っていくなら受け入れなくていいよ」って。
…迎合クセ、抜けてないなぁ。
フリマアプリなんかでもたまに自分の「迎合クセ」が顔を出し、損失を出すことがあります(苦笑)。
すごく勇気は要ったけれど、冷静に考えたら「メールしましょうよ」や「怒鳴る系コメント」に私が「ひいっ!😱」となるのは自然です。
ただ、相手が全部悪いわけではなく、自分も相手に失礼がないようにと話を合わせすぎたり、「♡」を押して返したりしていたので、私にも良くない点が多々ありました。
「心配してくださっているから…」と後ろめたさや罪悪感を抱きやすいのも、機能不全家庭育ちあるあるかなぁって感じています。
それでもやっぱり「恐怖を感じるレベル」や「思い悩むレベル」ならブロック機能も上手く使っていこうと思いましたね😅
いや、むしろこうやって勉強していこう、練習していこうって思いました。
不快なコメントに無理して「♡」押さなくていいし、返さなくてもいい。
日々、小さく練習の積み重ね。
コツコツ。